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2-13 水浸しと氷まみれ(☆)

アニメスクリーンショット風の挿絵あります。


「――やれやれ。ナオちゃん、ちょっと待っててくれる?」

「ほ、ほえ?」


 ランはナオの手を離して下がらせると、狼狽えるナオの反応を待たずに再び水球を作り出す。今度は十数個、ボール大の水球は術者に従って綺麗に並び、浮遊している。

 ランは無言のまま唇に三日月を描くと、ケイを真っ直ぐに指さす。それを合図に、水球は一斉にケイへと向かっていく。まるで巨大な銃弾のように速く、風を切る音をあげた。

 数が多い。

 ケイは冷気で狙い打っての相殺を捨て、目の前に手のひらを突き出す。刹那、彼の周囲を冷気が渦巻きながら包み込む。

 冷気の防御壁に覆われたケイに向かい、水球は次々と吸い寄せられる。

 それら全てが、冷気の壁に衝突した瞬間、高い音をあげて砕け散る。

 細かな氷の礫が、風に煽られ舞い踊る。風が淡い靄のような氷を纏い、白く降り注いで辺りを冷やしていく。

 古びた風車が、見届けているかのように回る。くるくると。時に唸りながら。

 ケイとラン、二人の少年はじっと睨み合う。数呼吸分の静寂が辺りを包み込むが、やがて拮抗を破ったのはケイだった。


「……いくらやっても無駄だ。水なんか冷気ですぐに凍る。魔力の無駄遣いだ」

「お前、今までに『水』の能力の奴見たことあるんだな?」

「ああ?」


 ケイは低い声で唸る。挑発めいたケイの言葉にも、ランは不敵な笑みを消さない。

 不機嫌を露わに拳を握りしめると、ケイの右手首の石が輝きを増す。ランのそれより淡い青色が、ケイの顔をうっすらと照らした。

 ケイの短い舌打ちが響く。発動を強めた『冷氷』の能力が、ケイの体内の魔力を増幅して、冷気へと練り上げていく。

 しかしそこへ妙に冷静な声が水を差した。


「ああいう舌戦はケイ向かないよね。単純だし」

「うん……」

「うるせぇ!」


 わざわざ手を顎に当てながら頷いているハルトの隣で、ナオは半眼をして立ち尽くしている。ハルトの横槍にケイはあっさり集中を放り出し、脊髄反射のごとき速さで反論する。

 そこで気づく。この短い攻防の間に、ハルトは茫然としていたナオをちゃっかりと回収し、二人して退避し傍観に徹していた。当のナオはまだ色々な衝撃から解放されていないのか反応が鈍いが、ハルトの言葉に迷いなく同意を示してしまうあたり、彼女も容赦がない。


「ああ、もう一人いたんだった……油断したね」


 ランは僅かに瞠目すると、小さく肩を竦めてみせた。大したことはない、そう言わんばかりだ。

 ランの周りに再びボール大の水球が十数個出現する。


「お前が今までどんな奴を見たかは知らねぇけど俺は俺。ただ水を出すだけが『水』の能力じゃないぜ」


 手を掲げると、水球は一斉に飛び出す。

 ぐにゃん、と大きく歪みながら、箒のように水滴が軌跡を描く。押し固められた水球がまた数個、ケイの冷気に阻まれた。

 先ほどまでの水球とさほど変わらないように見えるが。

 腕を組んで見守りながら訝しむハルトだったが、ランは腕を一閃すると残りの水球を全て放った。

 綺麗な弧を描いてケイに吸い寄せられていった水球は次々と凍り付き砕け散る。しかし数個打ち込まれた所で、ケイは自身を囲む冷気が軋んだことに気づいた。


「!」


 ほとんど本能的な動きで、ケイは自身の身体を捻る。ほんの少し立ち位置が逸れた直後、高い音と共に何発もの水球が打ち込まれてくる。

 容赦なく追いかけてくる水球。体勢を低くしたケイを的確に狙うも躱され地面に命中すると、湿った土と水滴をまき散らしながら破壊音を轟かせる。


「突き抜けた!?」


 ケイが息を呑んだのと、ナオの甲高い声が重なる。


「おー。操作すごいなぁ」


 ハルトは片耳を塞ぎつつ素直に賛辞を述べる。至近距離でナオが声を張り上げると、高すぎて鼓膜に突き刺さるのだ。

 真横であからさまな態度で示されたナオは少しばかり傷つくも、彼の言葉に目を見開きながらそちらを振り向く。

 ナオの言いたいことを瞬時に理解すると、ハルトは口元に笑みを浮かべながら説明してくれた。


「あの水の塊、すごく緻密にコントロールされてるってことだよ」

「え、でも『水』は……」

「たぶん、ケイの周りのごく一点に絞って、ピンポイントで打ち込んだんだ。そこだけ冷気の供給が追い付けなくなるまでね。後は後続が狙い撃ちしていくってこと」

「そんなことが……」


 ハルトが事もなげに言ったことに、ナオは絶句する。よほどの高い技術がなければ、数弾でケイの冷気を破れるはずがない。ケイとて決して能力が低いわけではなく、ランの水球自体にはそれほどの魔力が込められているようには見えないからだ。


「ご名答。けど、それだけじゃないぜ」


 ランの自信に満ちた声が飛んでくる。

 ケイが体勢を低く構えたのを見計らい、ランは水球を従わせる。

 すでに辺り一帯がひどく水浸しになっている地面が、ケイの冷気に当てられて所々凍っている。

 ランは左手でケイを指さす。水球が一つ、ケイに向かって飛ばされる。


挿絵(By みてみん)


「……?」


 今度は一つか。ケイは心中で訝しむ。

 冷気で受けるか、避けるか。一瞬の逡巡のもと、ケイはぬかるんだ地面を強く踏みしめる。バキバキ、と乾いた音をあげて、足下に氷柱が生えた。

 ランは意味深に唇をつり上げる。突き出したままの左の人差し指を、不意に右側へ曲げる。

 水球は勢いを保ったまま、相殺を狙っていたケイの目の前でかくんと左に曲がった。

 スピードと遠心力から、大きく膨らむ軌跡を描いた水球はケイに僅かな水滴を浴びせながら百八十度旋回する。


「なっ……!」


 予想外のことに、ケイは目を見開く。

 ランへ向かって舞い戻る水球は、そのスピードを保ちつつ大きく歪む。

 それが巨大な水の矢を象ったことを視認したときには、今にもその先がランに突き刺さりそうな距離に迫っていた。


「危ない!」


 ナオは反射的に声を張り上げた。

 ランは慌てた様子もなく、人差し指をまた小さく動かす。すると今度は、水の矢はランをぎりぎりのところでかわすと、後方にある建物に轟音とともに激突した。

 建物を囲んでいた古びた塀の一部が粉々に砕け散って散乱する。

 舞い上がる白煙を押さえ込むかのように水滴が舞う。その様は、それがただひとつの水の塊がもたらした惨状だということを思い知らしめている。



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