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2-8 おばけが怖い

*



「さーてと」


 ふぅ、と一息吐くと、ハルトは空に向かってのびをした。

 建物を後にして再び晒された晴天の下、気温が高い気候ではあるが、あまりの気持ちよさに思わずリラックスしてしまう。

 ハルトはポケットから取り出した携帯電話を宙に放りあげ、ぱしんと乾いた音をあげてキャッチする。

 画面を立ち上げると、数回のタップで地図を表示する。右上には「ヤナギ」の文字があり、何本もの大きな通りが存在する町の簡易的な構造を知ることができる。点滅している赤い点は、携帯を持っているハルトの位置を示している。


「旧発電所があるのはここだ。ここからそんなに離れてないよ」


 携帯電話のスクリーンを展開して映し出した地図を指さし、ハルトは言う。

 町中を表す位置で自身を表す赤い点が点滅し、少しずつ動いているのは移動中であることを意味している。すれ違う町の人々が時折チラチラと彼らを振り返るが、お互いにさして気にしたそぶりはみせない。

目的地はさすがに町から離れた位置ではあるものの、発電所という施設の割には町に近い位置にあるようだ。


 ハルトはきょろきょろとあたりを見渡す。

 遠目に見える小さな風車が印象的な町だったが、まじまじと見渡すといたるところに風車を模したものがあるのだ。

 飾りだったり、継続的に水を循環するモチーフだったり、風力発電の真似事のような造形のものだったり。目にした看板には、『ヤナギ』の町の風と風車の歴史という博物館らしきものもあった。さらには小さな子供が大切そうに握りしめていたおもちゃがカラフルな風車(かざぐるま)だったことには、ハルトも思わず笑ってしまった。


「っていうかこの町、よく見たらそこかしこに風車があるんだねぇ。任務終わったらもう一日くらいいて観光したっていいんじゃな……」

「いやいらねぇだろ」


 ハルトの呑気な声に、ケイは食い気味に突っ込む。隠すこともなく表情に非難の色を滲ませるケイに、ハルトは唇を尖らせて不満を示した。


「えー」

「えーじゃねぇよ。で、任務だろ。詳しいことの記事さっさと展開しろよ」

「ちぇー」


 ハルトはまだ悪態をつきながらも、しゃかしゃかと手早く携帯電話を操作する。地図は一瞬で消滅し、代わりに別のスクリーンを映し出す。


 表題は――To Missyonn


「ふむふむ、発電所はもう十五年前に閉鎖されたんだって。めざましい経済と交通手段の発達を補うために新しく作られたらしいけど、住宅街の開発とともに、もっと遠くて広い場所へと移転した。その後は建物はそのままで、風車もいくつかはそのままになっていると。もともと一定の方向に吹いている風がこの辺りの特徴でもあるから、昔から風車は町のシンボルなんだと」


 ハルトはそこで一端区切ると、文章をかみ砕くように携帯電話の画面をゆっくりとなぞる。彼の指の影の動きに合わせて展開されたスクリーンの一部が欠けてしまうことに気づくと、ハルトは画面から手を離した。


「ここ最近の相次ぐ電力不足で、二日前この古い発電所をもう一度使えないかなぁって考えた人が、夜にこっそり何人かで訪れたらしいんだけど……誰もいないはずの旧施設から何か不気味な声が聞こえてきたんだと。覗いてみたけどやっぱり誰もいなくて。けど何かの気配を感じて振り返ると……そこには無数の青い人魂が……ってなんだこれ。ただのド定番な怪談話じゃん」


 読み上げながら、ハルトはなぜか残念そうな声をあげる。ケイは胡散臭そうにつぶやいた。


「アッホくせぇ。ってかそんな古い風車なんて思いつきで使えるかよ」

「だよねぇ。もっとガチな話じゃないかと期待したのになぁ。ほぉら、建物入ったら死んじゃうとかー、でっかい大鎌持った悪魔やおばけの大群が追いかけてくるとかー、捕まったら殺されるとかぁ……」

「おいやめろ」


 好奇心にきらめく目をして、ハルトは嬉々として話し出す。不自然に語尾が上がったそれを真顔で制したのはケイだった。

 ハルトはニヤリと唇をつり上げてケイを見る。


「えー何どしたのケイ怖いのー? その顔でキャーとか言うのはナシだよー?」

「んなわけあるか……ってかお前わざとだろ」

「へっへーん」


 ハルトはいっそう楽しそうに笑うと、視線をケイからさらに横に滑らせる。

 もはや硬直を通り越して放心しているナオが、ケイに手首を引かれてされるがままになっていた。

 先ほどから「おばけ」だの「怪談」だの、その類の言葉が出てくるたび、彼女は肩をびくりと痙攣させている。目には大粒の涙が浮かんでいた。

 つまり怖がりなのだ。それも極度の。

 時折「怖い怖い怖い……」と呪いのように口の中で呟くその様は、むしろ彼女自身の方が怖いと思える。

 ケイはギロリとハルトを睨むが、ハルトは笑ったまま、ケイの手をちょいちょいと小刻みに指さす。その手はナオの手首をしっかりと握りしめていた。


「いーじゃん、お前だってその方がいいだろ」

「よくねぇよ。ナオもほら、大丈夫だからさっさと歩けって。どうせ何も出ねぇよ」


 呆れた顔をして、ケイはやや強めにナオの手をひいた。ぐすん、と鼻をすすりつつも、ナオは先ほどよりは幾分素直に従った。

 黙ったままケイの服の裾をきゅっと掴む。置いていかないでということだろう。

 ケイはまたやれやれと目を眇めたあと、再びハルトに視線を向ける。


「まぁ、こういった怪奇現象って銘打ちでくる任務なんてのはほとんどが精霊絡みだろ。実際前にも似たような任務あったろ。あれは火の精霊がうろついてただけだった」

「あーあったねー、あのときも人魂出るって。今回のお化け屋敷と一緒だねぇ」

「ひっ」

「……だからいい加減にしろよてめぇら」


 ケイの声が怒りを十二分に込めて押し殺された。そこは慣れたもので、ハルトはあっさりと本題に戻す。


「まぁ、オレもそうだとは思うんだけど……電力不足にしろ、最近急にってとこが引っかかるよね」


 言って、トントントンと小気味よく携帯電話をタップする。短い音とともにスクリーンは消失した。

 画面に地図を表示した状態であることを確認してから、ハルトは前を向いて静かに言った。


「もしかしたら本当におばけのがまだマシかもしれないね」

「ああ、どういうことだよ」


 ケイはハルトの背中に、棘を含んだ口調を投げつけた。しかしハルトは間髪入れずにつき返す。


「こないだの『ウグイス』の町の森みたいなことになるかもしれないだろ」

「ああ」


 そういうことか。


 確かに、もし精霊が絡んでいるとして、命の終わりが近い影響なのだとしたら。

 その最期を看取るならば、強大な霊力の放出を止めなければ町に被害が出る。それに、本音を言うとそういう場には立ち合いたくない。

 死は、精霊も人も等しく死だ。

 この世から、その存在が消えてしまう。目の前から、こつ然と。まるで、最初からなかったかのように。

 ケイは無意識にナオの手首を握る手にぐっと力を入れる。その刺激にナオは目をぱっと見開くと、ケイをじっと見上げた。


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