9-29 絶望
「ケイ!」
ハルトの声が響くと同時に、彼が飛ばした短剣が根の矛を切り刻む。その隙に、ケイは土人形を力任せに弾いて地面に叩きつけた。土人形にも痛覚があるのか、衝撃を受けると同時に顔を大きく歪めるが声はあげない。
「……強い」
ケイは痺れる腕をさする。体勢を立て直す間もなく、今度は地面が大きく揺れた。思わず短い声をあげてバランスを崩してしまったが、跳躍して木の上に逃げると、それを狙ってまた根が飛んでくる。逃げ場がなく、ケイは冷気で防御した。
「…………!」
土人形は起き上がると同時にまっすぐにケイを見た。何かを言いたいのか口を開くが、その暗い窪みから音は漏れない。
土人形は腕を掲げる。その小さな手から放たれた霊力の風が、周囲の桜の木から花弁を巻き上げた。目くらましだ。
木の上のケイに向かって、土人形は体当たりを仕掛けてくる。しかしその足をハルトが斬ると、地面との接点を失って失速した。
「今だ!」
ハルトが叫ぶ。ケイはすかさず冷気を放った。土人形が地面に倒れる直前に大地が凍り付き、土人形は氷の上に叩きつけられた。じたばたと暴れるが、氷に覆われた地面からはうまく霊力を補填できないのだろう。身体のいたるところを欠損させ、土人形は恨めしげな表情でケイを睨む。
もがく土人形をさらに氷漬けにして押さえつけると、手にしていた槍を振り上げる。そこで、ケイはぴたりと動きを止めた。
「…………っ」
土でできた人形は、つい先刻目の前で散った精霊の顔そのものだった。
相手は明らかに命あるものではない。それなのにケイはその手を止めてしまう。
「ケイ!」
手を震わせるケイの背後から鋭い声が投げかけられて、思わずケイは振り向いた。
「そいつは敵だ、躊躇うな! たとえ何に見えても!」
「……くっ……!」
スゥに叱咤されて、ケイはぎくりと肩を強ばらせる。下を向くと、彼の視界の中心で今にも泣きそうな表情の土人形が蠢いていた。
直後、土人形はニタリと邪悪な笑みを浮かべた。
「!」
氷の束縛を力任せに解くと、土人形は起きあがってケイの左腕を掴んだ。
凄まじい力で二の腕を締め付けられる。痛みに槍を落としてしまい、ケイは顔をしかめた。
土人形はケイと至近距離で、その暗い口をがばりと開ける。目を象る窪みが真っ直ぐにケイを捉えていた。まるで今にも補食せんばかりに。
ぎちぎちと嫌な音を立てて周囲に踊っていた木の根が収束していく。幾重にも束ねられたそれは、やがて一本の太い槍へと姿を変えた。
土人形の手が動く。木々が唸りながら振り上げられた。
「ケイ!」
ハルトとスゥの声が重なる。
「————!」
眼前に迫った槍を見た瞬間、ケイはようやく我に返った。
右手の平に、これまでで最も強く素早く冷気を凝縮させた。ケイ自身を除く周囲を瞬く間に凍らせると、今度こそ迷わずにその手を土人形に叩き込んだ。
ちょうど腹の位置、土人形の真ん中に掌底が打ち込まれる。
木の槍がケイを貫こうとしたその刹那、冷気は一気に弾けて拡散した。土人形は凍り付き、さらに衝撃を受けて破壊された。
バラバラになった身体の一部でさえも分厚い氷に覆われて、それらは地面に散らばる。氷に阻まれた土人形が再生する気配はなかった。
遅れて、ケイはその場に尻餅をつく形で倒れた。思わず肩の力を抜きかけた彼の目の前に、土人形の顔を象っていた部分がごろりと転がってくる。
「うっ……」
息を弾ませながら、ケイは思わず唸り声をあげた。土人形の虚ろな目は、氷に阻まれても恨めしげにケイを睨んでいるかのようだった。
「……一体、誰が……」
荒い呼吸を落ち着かせながら、ケイは呆然と呟いた。土人形に掴まれた腕を押さえる彼のそばに、ハルトとスゥが駆け寄る。彼らがケイに声をかけようとしたそのとき、またしてもけたたましい音が鳴り響いた。ケイのポケットの中の魔力探知機だ。取り出して画面を見ると、強い地属性の反応を示している。
「まだ……!?」
スゥの声を合図にしたかのように、彼らの周囲の土がぼこぼこと盛り上がる。一気に膨れ上がった土の塊は、今度はニつだ。
「なんだ……!?」
土の塊は瞬く間に何かの形を象る。いずれも背中に虫の翅のようなものを持つ、人型の人形だった。
二体の土人形はその目に三人を捉える。その気配は先ほど倒した土人形とほぼ同じだ。




