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9-22 ユキヤの策


 スゥはそっと袋を開く。ニ対の魔力石が雑に放り込まれていて顔をひきつらせるが、そのうちの一対が淡い光を帯びている。


「……やはりな」


 感知できないほどわずかだが、石に込められた霊力が放出されていた。袋からはほんのりと甘い香りがする。覚えのあるこの香りは、メロディの霊力だ。

 三人で袋を覗き込む。本来複数の石をまとめて保管しておくことは危険だが、ユキヤがしたことだ。下手に触らないことにした。


「これが何かに影響を与えて、この町の精霊が反応したってことか……?」

「おそらく。室長もあの精霊(メロディ)に言っていただろう。地属性の精霊に会うために力を貸してほしい、と」


 ケイとスゥは顔を見合わせた。

 つまり言い換えると、精霊に会うためにはメロディの力が必要だということだ。実際、この魔力石が精霊へ辿り着く大きな手がかりになることは間違いないだろう。

 ハルトは怪訝そうに顔をしかめた。


「あの人超能力でも使ってるの? なんかいつも準備が良すぎるというか見通しているというか、ちょっと気味悪いんだけど」

「いつものことだから気にするな。単純に頭がいいんだよあの人は。あらゆることを想定して対策ができる。その周到さと機転は日常生活では全く活かされていないがな……」


 スゥは遠い目をしながら言った。その声と横顔から、彼もまたユキヤのマイペースに振り回されているのだと容易に想像ができたケイだった。思わず乾いた笑い声を漏らしてしまう。


「それで。その石はスゥが使うの?」

「ああ。お前らよりはよほど使い方を心得ているからな」


 スゥは迷うことなく頷く。そんな彼にハルトは納得がいかない様子で唇を動かすが、何も言わなかった。

 スゥは魔力石の入った袋を握りしめる。


「いくつか考えがある。その前に確かめたいことが……ああ、来たか」


 言葉の途中で、スゥの携帯電話がメールの受信を告げた。画面を立ち上げて確認すると、研究室からのメールだった。画面を軽く叩き、添付されているデータを開く。

 ケイとハルトは両脇から携帯電話を覗き込むが、画像や文字が細かくて内容までは読み取れない。しばらくスゥは黙って何かを考えている様子だったが、やがて肩越しに二人を振り返ると、また画面を叩く。携帯電話の画面を目の前にスクリーン投影し、皆で共有した。

 映し出されたのは地図だった。見覚えがある形だ。


「これは……この町周辺の地図か」

「ああ。印のついた場所は狂い咲きと火事があったところだ」


 スゥが言うと同時に、地図の上に赤い×印が複数個表示された。その中には、『サクラ』の町の端、つまり精霊サクラが燃えて消えた公園の場所を示している。

 ケイはぎくりと身体をこわばらせた。最後に見た精霊サクラの顔が、脳裏にこびりついて離れないのだ。


「これをもっと広域にすると……こうなる」


 スゥが携帯電話を操作すると、地図と印が小さく表示される。広域になったことにより、×印の数が増えた。全部で六個ある。


「こんなに……しかもこの近くばかりだね」


 ハルトが顔をしかめて言う。

 印は『サクラ』の町近辺にばかり刻まれている。騒動のたび、町の人々が恐怖に震えたであろうことは想像に難くない。

 このあたりで何かが起こっている。そして、この六ヶ所で起きたことに関連があることは間違いなさそうだ。


「ねぇこれ……なんか円になりそうじゃない?」

「ああ」


 ハルトはスクリーンをなぞるように指を動かす。

 印を結んでいくと、少し歪な形ではあるが町周辺を取り囲むようにした大きな円になりそうだった。

 印を辿っていたハルトの指が止まる。円を描くにはまだ少し点が足りない。


「もしかして……次はこの辺りで何か起こるかも」


 言いながら、ハルトは目を見開く。

 彼が指で示した場所に印が刻まれれば、ちょうど円になる。


「可能性は高いと思う。場所は……この町の向こう側か、いや隣町か? 地図の範囲が広いからいまいち絞れないな」

「……ねぇスゥ。まさかとは思うんだけど、どこの場所でも狂い咲きは収まってないとか?」

「…………」


 スゥは黙って上を見上げる。追ってケイとハルトも辺りを見渡す。どこを見ても桜の花が美しい。


 この町に来てから、景色は何一つ変わっていない。


 精霊サクラが散っても、少なくとも散ったように見えても、花は全く散っていないのだ。辺り一面、相変わらず不気味な満開が続いている。もし花を維持するための力を失ったなら、無理に時を止めていた花はすぐに散っていくはずだ。


「そのまさかだ。どこも複数回の発火はないが、狂い咲きは終わっていない」

「……な」

「やばくない? それ……」

「やばいに決まってるだろ。だからおれは言ったんだ、こんな任務おれたちの手に負えるわけがない」


 スゥの早口は苛立ちをわかりやすく表していた。ケイは思わず言葉を失う。

 三人で顔を見合わせる。するとスゥは今度はため息をついた。


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