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2-7 侵入者


「な、なんだ!?」

「ふわっ!」


 あまりの音量に、三人は文字通り飛び上がって驚いた。


「セキュリティは!」


 事務員が後ろにいた職員たちに向かって声を張り上げる。

 職員たちは銘々にパソコンを素早くタイピングする。数呼吸分の間操作した後、警告音が消失する。彼らは顔を上げると、事務員に向かって頷いた。


「問題ありません。異常なプログラムの侵入がありましたがブロックしました」

「前回はこの支部のメインコンピュータに入り込もうとしていたようでしたが、今回は末端の方から来たようですね。枝分かれしているこのコンピュータならば入りやすいかと思ったのでしょうか」

「またですか」


 事務員は心底不快そうにそう零した。


「絶対に侵入を許してはなりません。すぐに上へ報告を行いましょう。我々には情報を守る義務があります」

「はい」


 事務員の指示を受け、職員たちは手早く電話をかけ始めた。この支部のやたらと重厚なパソコン機器の数々を前にしたその光景が原始的に見えてしまい、ケイは違和感に眉根を寄せた。通信機能を使いたくても警戒しているのだ、ハイテクノロジーに支えられた政府にとっては迷惑この上ない現状なのだろう。


「なんか大変そうだね……」


 ナオは小さな声でケイに向かって言った。


「ああ」


 ケイは頷きながら、ハルトの方を見る。ハルトもこくりとひとつ頷いた。


「話を中断させてしまい申し訳ありません」

「ふえっ」


 そのとき、事務員の淡々とした声が降ってくる。ナオはまた驚いて肩をこわばらせてしまった。


「……任務にあたって、ひとつ忠告しておくことがあります。『裏切り者(クロ)』のことです」


 少し圧力が弱まった事務員の声音に、また別の鋭さが宿る。

 彼女の言葉に、三人ははっと目を見開いた。


「クロって言ったら、違反者のことか」

「はい。命令に従わず、政府の管理下から外れた力です」


 ハルトが静かに言ったことに、事務員は頷いてみせた。


「それはイコール、政府に背いた者として処分されるんだろ。じゃあ何? そんな奴が関わっている任務ってこと?」

「直接的ではありませんが、否定できません」


 ハルトをじっと見据えていた事務員は、両隣のケイとナオをそれぞれちらりと見やる。最後にまたハルトに視線を固定すると、一度瞑目した。


「少しは情報を得ているようですが、この町では今、一般人に危害が及ぶ事件が頻発しており、犯人がスピリストであるという可能性があるのです。これについては現在、別のスピリストが任務に当たっています。ですが依然として政府も警察も、何一つ情報を掴めていません。ハッキングとの関連についても同様ですが、そもそも現時点ではクロがクロである、つまり規則を破り、一般人に危害を加えたスピリストであるということも確定していません。しかし犯行の際何らかの能力が使われた可能性が否定できない以上、事件が解決するまで我々も警戒するしかないのです」

「そうかな? 恐喝とか別に一般人の犯罪者でもできそうなことだけど?」

「クロであってもできることです」


 ハルトが挑発めいた声音をあげる。それに事務員は片眉をわずかに跳ね上げた。

 ナオがはらはらと緊迫した顔をしているのを一瞥すると、ハルトはふむと考え込む仕草をみせた。


「ってことは、やっぱりそっちの任務に当たってるスピリストにとっては、オレらでなくともスピリストってだけで疑うべきで警戒対象でしかないってことか。そして逆もしかりだね」

「その通りです」


 ハルトの言葉に、事務員はわずかに感心したそぶりを見せる。


「あなたたちの任務はクロとは別のものです。ですので、極力接触がないように。防衛以外の戦闘は禁止とし、知り得た情報があればすぐに報告をすること。いいですね?」

「了解」


 ケイは凛とした声をあげる。三人はそれぞれ顔を見合わせ、頷いて見せた。

 ケイは携帯電話の電源ボタンをぽちりと押すと、タッチパネルを手早く操作する。メールの受信フォルダを開けると、一件の未読メールが確認できた。

 メールを開こうとすると、またしてもパスワードの入力を要求される。面倒だと、ケイが分かり易く顔に出したところで、横からハルトの手がひょいとのびてきた。

 ハルトはケイから取り上げた携帯電話を手早く操作する。グループコードを打ち込むとメールが開かれる。本文を読みながら展開ボタンをタップし、画面をスクリーンとして映し出そうとしたところで、ハルトははたと手を止めた。


「ハルト早く見せて。任務って……?」


 ナオはきゅっと口を引き結び気合いを入れた。ハルトの背後からひょっこりと手元をのぞき込む。


「あー…………」


 ハルトは携帯電話の画面を見ながら間延びした声をあげる。

 なんだか遠い目をした彼は振り返ると、空いていた手でナオの肩をぽんと叩いた。


「そうだね、張り切って行こうかナオ」

「ふえ?」


 ナオは首を傾げて彼をまじまじと見つめる。肩に置かれた手がやたらと重く感じられるのは気のせいだろうか。

 ナオが次に口を開こうとするよりも早く、事務員が淡々とした声で割って入った。


「旧風力発電所。内容はそこで報告されている怪奇現象の調査任務です。よろしくお願いしますね」

「え……!?」


 間を置かず、ナオの頬がひくりと痙攣する。

 ナオの顔が一瞬で青ざめる。ケイは同じく顔をひきつらせて彼女に目を向け、ハルトはいかにも何かおもしろいものを見つけたようににこにこ笑っていた。

 訝しげな顔をする事務員を凝視したまま、ナオは奇妙な真顔を浮かべてじりじりと後ずさる。腰だけが異様に引けていて、横から見るととてもおもしろい体勢である。


「か、怪奇現象ってそれってまさかおば……ふびゅっ」


 しどろもどろになりながら何かを言いかけたナオだったが、それは自身から漏れ出た変な声に中断される。ハルトがナオの腕をつかみ、元来た扉の方へと勢いよく引っ張ったのだ。ナオは顎を天へ向けて大きく仰け反った。

 そのまま、まるで犬の散歩をするかのごとくハルトにずるずると引きずられていく。


「やだやだやめてよっ! 私行きたくないよっ!」

「そんなこと言ってもダメだって。任務なんだもん」

「いやだお願い離してぇっ! 怖いのいやーっ!」


 暴れながら必死の抵抗を試みるナオだったが、ハルトの実力行使は全く容赦がなかった。軽量の女子などいともあっさりと外へと連れ出してしまい、そのまま事務員へ向かって「どうもー」と会釈して扉を閉めた。


「……やれやれ」


 それを見届けてから、ケイは大きくため息をつく。あまりに突拍子もない光景に目を点にしている事務員を気まずそうに一瞥すると、ケイも施設を後にした。




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