9-21 必然
*
「機械回収だけしてさっさと追い出すとか。マジムカつくー」
どかどかと大股で歩きながら、ハルトは頬を膨らませていた。
ケイは黙っているが不機嫌だった。そんな彼らの隣を、スゥは普段と変わらない涼しい表情で歩いている。
「スゥもなんか言い返せばよかったじゃん。あんな言い方されて」
「くだらん。相手にするだけ時間の無駄だ」
不服そうなハルトを一蹴すると、スゥは携帯電話の画面を見る。何も通知はない。すぐに顔を上げると、そのまま早足で歩く。すでにほとんどの町の人々が避難もしくは自宅で待機しており、彼らの足音だけがやけに大きく辺りに響いている。
ただでさえ目の前で精霊が焼けて消滅するという衝撃的な光景を目の当たりにし、それぞれが苛立っている三人だった。できることなら任務を降りたかったのだが、許可がないので遂行するしかない。
「ていうかあんなの捕獲なんかできるのか? その捕獲装置、出会い頭に使うことはできないんだろ?」
そう言ったのはケイだった。スゥは頷く。
「ああ。『捕獲』とは精霊の居る場所を奪うということだ。むしろさっきのように死に近い状況でないと、場所への執着をはがすことはできない」
それを聞いて、ケイは思い出す。
ユウナとの任務のとき、初めて捕獲装置を目にしたときのことだ。アランドも精霊を追いつめたタイミングで装置を使っていた。
「それじゃ、あれでタイミング的にはベストだったってことか?」
「普通はな。本来なら問題なく捕獲できたはずだ。できなかったということは魔力石を上回る別の力が存在していたということ。つまりあの精霊と狂い咲きの元凶は別の存在だと考えられる」
「え……?」
はっきりと言い切ったスゥに、ケイは瞠目する。政府支部での報告では言わなかったことだ。
「つまり火属性を持つ別の精霊がいる、ってことか?」
「ああ。精霊サクラはおそらく火属性を持っていない。ま、これから装置に残った霊力を解析すれば分かる話だがな」
スゥは荷物から魔力探知機を取り出して、またケイに差し出す。ケイはそれを受け取って画面を確認した。最初に持たされたときと全く変わらない反応だ。
「地属性は支配する範囲なら霊力を分けることができる。あの精霊も分身が消えただけで、本体は別の場所にいるという可能性も十分にある」
「あれが分身?」
「可能性の話だ。分身にしては強すぎるが、捕獲できなかったことへの説明がつく。気配が消えていないこともな」
スゥは魔力探知機を指さす。あまりに恐ろしい仮説に、ケイは何も言えなかった。
つまり精霊サクラとは比較にならないほど強大な霊力を持った精霊が他にいるということだ。それは地属性、さらに少なくとも火属性を持つ可能性が高い。
「で? どうする。状況としては最初に逆戻りどころか酷くなってるけど」
不機嫌そうに辺りを探っていたハルトが言う。
ハルトの言う通り、状況は何一つ良いことがない。彼は頭の後ろで両手を組み、見るからに投げやりな様子だった。
スゥは足を止める。つられてケイとハルトも立ち止まると、スゥは振り返った。
「お前らはこの状況、偶然だと思うか?」
「え?」
ケイとハルトは揃って目を丸くする。すぐに答えられなかった二人を待たず、スゥは続ける。
「おれたちの前にも何人かが任務に当たったはずだ。なのにおれたち以外は精霊にたどり着かなかった」
「ああ」
「それが偶然じゃない、って言いたいの?」
怪訝そうな二人に、スゥは頷いてみせる。
「異常成長した植物に攻撃を仕掛け、気配を辿る。おれたちが考えついて、能力的にも可能だった程度のことに皆が気付かないだろうか。すでに誰かが試したんじゃないかと思う」
「いやでも、『音』の能力でしか辿れなかったっていうことはないの? オレやケイはあんまり関係なさそうな能力だけど……」
「あり得るが、風属性や『音』に特化している精霊ではおそらくない。相手は『地』と『火』だ。そしておれたちは誰も同属性ではないから魔力に惹かれることもない。となると残る可能性は」
赤い目を僅かに細めるスゥを見て、ケイとハルトは同時に答えにたどり着いた。
ケイはおそるおそる口を開いた。
「……まさか。魔力石、か?」
「……ああ」
スゥは一度瞑目し首肯した。荷物を開けると、中から小さな袋を取り出す。ちゃりちゃりと軽くて堅いものが触れ合う音がする。
その中身は政府の町『ウィスタ』を離れる前に、ユキヤが持たせてくれた魔力石だ。
「……この袋は一応魔力、霊力を抑えておく特殊なものなんだ。だがこれしか考えられない」
「あ! そうか、あのメロディって精霊!」
ハルトが甲高い声をあげる。
『ウィスタ』の町を離れる前、幼なじみのチヒロに会った。彼女が連れていたのは地属性の精霊、メロディだ。魔力石に彼の霊力を込めるよう、ユキヤに命令されていたのだ。




