9-16 力の源
しばらく三人で歩を進めると間もなく、目的の場所にたどり着いた。
雑談をする時間もないほど近場だった。言い変えると人里からもさほど離れていないということだが、不気味なほど人がいない。
「ふわー……何度見てもすげえ。桜ってめっちゃ綺麗なんだね」
公園の入り口で立ち尽くしながら、ハルトは思わずぽかんと口を開ける。
満開の桜は圧巻だった。
視界を彩る淡いピンク色は見渡す限り続いていて、公園全体を包み込むかのようだ。
北の地方の人々には、桜が咲く頃に花を見ながら会食を楽しむ文化があるそうだ。この公園はその名所とのことだった。物珍しそうに話を聞いていた三人も、実際にこの美しい景色を目にすると、人々が集まる光景が容易に想像できた。
「ふわー、ってなんだそれ。ナオみたいだな」
ハルトに対しそう突っ込んだスゥだったが、彼も似たような表情で上を見上げて呆けている。
「だってほんとすごいじゃん、こんな木に一面に咲く花なんて初めて見たもん。ちょっと写真とっとこ」
明らかにうきうきしながら、ハルトは携帯電話を取り出して写真に納める。一応は調査のためのデータ収集だ。
「まぁな。地元じゃ見ることがないからな」
「南じゃ暑すぎて咲かないんだっけね、この花」
「ああ。本来は咲いたら数日で散ってしまうはずだが、この状態がずっと続いている……か」
スゥは眉根を寄せて呟く。
写真のように一瞬を切り取って見ると絶景だが、これは狂い咲きだ。町の人々もすっかり怖がってしまい、会食どころではない。
はしゃぎつつも辺りへの警戒を怠ってはいない三人だったが、ここまで来ても明確に強い気配は感じられなかった。公園に近づくほど僅かばかり気配が強まったようにも感じられたが、ほぼ誤差の範囲だ。実際、ケイの手の魔力探知器の反応はあまり変わっていない。相変わらず広く一定だった。
「花を維持するためには必ずどこかから力の供給があるはずだ。だがそれが分からない。思ったよりも厄介だな」
スゥは口元に手を当てて唸る。
「いっそ攻撃でもしてきてくれる方が分かりやすい。確かに咲ききった花を維持するくらいなら魔力も大して必要ないだろう」
スゥはポケットから携帯電話を取り出す。
返信や指示が来ていないか期待するが、残念なことに何も通知はなかった。
スゥはすぐに携帯電話を仕舞うと、ふと何かに気づいてケイを振り返る。
「そういえば。前の任務の時はどうやって精霊を探し当てたんだ?」
「え? ああ」
急に話を振られ一瞬動きを止めたケイだったが、すぐにスゥが言わんとすることに気づく。同じ狂い咲きの調査を命じられた、精霊エリアの任務のことだ。
「エリアの分身みたいなものが町を飛び交っていたからそれを追っていた。本体は結局最後まで見つけられずに向こうから出てきたんだが」
「分身?」
「ああ。白い蝶の姿をしたものが町中を飛んでいたんだ。そいつを追うとすぐに消えてしまうんだが、代わりにその場所の植物が急激に育った」
「分身というか自分の霊力を分け与えたしもべだって言ってたよ。エリア自身は動けなかったから、代わりに周りを探るのが本来の目的だったみたいだけど。なぜか急に力が強くなったせいで異常成長させちゃった、ごめーんって言ってたよ」
ハルトが補足した。その内容にスゥは思わず顔をしかめた。
「ごめんて。そんな迷惑な、なぜかってなんだよ」
「それが本人にも分かんないんだってさ。とりあえず、蝶の姿をした霊力の塊が飛んできて地面に降り注ぐみたいな感じ? その後植物が成長する瞬間だけは気配がはっきり分かったんだ」
「なるほど。まさしくその精霊の言うとおり、『大地は繋がっている』というわけか」
スゥは頷く。
つまり自分の霊力の及ぶ範囲、自分が縛られている場所の範囲なら自在に霊力を飛ばし操ることができるというわけだ。エリアがしもべと言うことから、それが容易に想像ができたスゥだった。
エリアもまた地属性の精霊だ。その特性から考えると、今回の任務でも何かしらの方法で広範囲の植物を支配している可能性が高いと考えられた。
「大地は……繋がっている?」
ケイは小さな声で反復した。
手にしていた魔力探知機に視線を落とす。反応はやはり一定だ。今一度、それを確認する。直後、何か思いついて探知器を上下に動かした。
「スゥ、ハルト。これを見てくれ」
やがてケイが声をあげる。スゥとハルトが振り返ると、ケイは魔力探知機を持っていない方の手で手招きをしている。
三人で画面を見ると、ケイは魔力探知機を動かしてみる。左右は大きな変化はなかった。しかし、上下に動かした時は表示される波形に微妙な違いが生じていた。
「下だ。下だけ少し気配が強い」
「下?」
スゥはしゃがみ込む。さらさらの黒髪が動きに併せて揺れて、赤い瞳を隠した。
「地属性。そして植物は地に根を張る……力の源は地底ということか」
スゥは地面に右手をつけると目を閉じた。長袖の下で、彼の精霊石が淡い光を放つ。
「……かすかだが音がする。脈打つような一定の音だ」
言うと、スゥは目を開けて立ち上がる。
「何かが流れている。これは必ずどこかと繋がっているはずだ。この音が追えれば何か手がかりがつかめるかもしれない」
「えーと、つまり魔力が根を通って花を咲かせているってこと?」
「おそらくな」
「うーん、じゃオレが感じるのは地上に漏れ出た魔力なのかな。そんな流れてるって感じじゃないんだよなぁ」
ハルトは顔をしかめて唸る。彼のように気配を感知することに優れているだけでは万事対処できるとは限らない。精霊が関わる任務の難しいところである。
「おれも方角が分かったわけではない。さてここからどうしたものか……」
スゥとハルトは仲良く首を捻る。
「花の苗でも持って来てやろうか……」
「その場ですぐ咲いちゃって終わりだと思うなぁ。だいたい大元に着くまでにいくつ花咲かせたらいいの。種買ってきていっぱい撒く?」
「現実的ではないな」
げんなりとしてスゥが俯く。ハルトは半眼をして肩を竦めた。
「だよね。それならいっそ……ん?」
言いかけると、ハルトは頬に冷たい空気が触れたことに気付いてそちらに目をやる。いつの間にかケイが右手に冷気を纏い、目の前の木をじっと見上げていた。
ハルトは一瞬目をしばたたかせたが、すぐに頷いた。
「うん、オレもケイに賛成」
「ちょっと気は引けるけどな」
そう言うと、ケイは木の枝を右手で掴んだ。枝はあっという間に凍り付くと、綺麗に根本から折れてしまう。
そのときだった。
得体の知れない何かが、地の下を這って近寄ってくる気配がした。
それは吸い寄せられるように折れた木に収束する。根を伝い、幹を通ったかと思ったと同時に木は再生した。




