9-14 妖精を追って
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一通り回想を終えると、ケイは気になっていたことを口にした。それにスゥは片眉を跳ね上げて立ち止まる。
「似た精霊を知っている?」
怪訝そうにケイの言葉を反復すると、スゥは振り向いた。
思わずその場で円陣を組む三人は、このままでは行き交う人の邪魔になることに気づくと脇に移動する。
「ああ。さっきの写真の精霊だ」
ケイは頷いた。それにハルトがすぐさま同意を示す。
「うん、オレも同じこと思ってた」
言うと、ハルトは携帯電話の画面を小突く。少女の姿をした精霊の写真の、背中部分を指で示した。
「ユキヤさんと話してるときにちらっと言ってたでしょ。一ヶ月ほど前かな、任務で地属性の精霊に会ったんだ」
「そういえば聞いたな」
「そいつはエリアと言って、花と草木の精霊だと言ってた。ちょうどこの精霊と似たような翅を持っていたんだ」
ケイが補足する。言われて、スゥは改めて写真に目をやった。
少女の背丈ほどもあるピンク色の蝶の翅は花弁のように可憐だ。まるで花の妖精のようだ。
「あ、そうだ写真あるよ。絵だけど。実物もだいたいこんな感じだったから」
ハルトも携帯電話を取り出すと、保存されている写真データを遡る。
農業の町で出会った精霊エリアの姿こそ撮ってはいないものの、彼女を「妖精」と崇拝していた女性、サキの屋敷にあった肖像画は写真に納めていた。精巧に描かれていたので姿を確認するには十分だ。
目当ての写真を見つけるとスゥに見せる。
長い金髪を持つ若い女性の姿。その背には、白っぽいが不思議な輝きを持つ美しい翅がある。
「ふむ……虫の翅か。確かにどちらも蝶で形も似ている。しかし地属性は昆虫を模した姿のものも多いから、姿が似通うことは別に珍しいわけではない」
「まぁそうだけどね。でもそのときも植物が異様に育って大変だったんだよ。そこに蝶の姿の精霊でしょ。偶然で片づけるにはいろいろ被りすぎかなって」
「そうだな。手がかりは少ないし、調べてもらう価値はあるだろう。その画像送ってくれ」
「はいよー」
ハルトは手早くスゥにメールを送信する。スゥは添付された画像を確認すると、こちらもすぐにメールを送信していた。政府支部かあるいは研究室に調査を依頼したのだろう。これで何かが分かれば御の字だ。
「とりあえず周囲の霊力を探ってみるか。これが精霊の仕業であるならば、どこか気配が強い場所があるはずだからな」
携帯電話をポケットに仕舞うと、スゥは顔を上げて言った。機械では特定が難しくても、スピリストなら気配を追える可能性は十分にある。それに精霊も生きているのだから、気配には多少なりとムラがあるはずだ。今は一定にしか感じられなくても、いずれ揺れ動くことがあるだろう。
「さて。移動するぞ」
スゥは再び二人を促して歩き始めた。
三人の頭上からはピンク色の花びらがいくつも舞い降りてくる。風に運ばれていくそれをちらりと見やると、スゥは右手を小さく掲げた。
長袖の隙間から淡い光が漏れる。スゥの魔力の気配に気づくと、ケイとハルトも能力を発動した。
ひとまずは姿を消したという町の精霊の行方を探る。しかし探知器の示す通り、弱い気配が一定に広がっているだけでいまいち掴み所がなかった。
「ハルトどうだ? 何か分かりそうか?」
「んー。ぜんぜん出所がわかんない」
「そうか」
三人の中で最も索敵能力に長けているのはハルトだ、これ以上の確認は不要である。スゥは質問を変えた。
「感知できる気配はひとつか?」
「たぶん。でも自信ないな、地属性なのは間違いないと思うけど」
「わかった」
スゥはひとつ頷く。
「仕方ない、おれは別の手で探ってみよう」
言うと、スゥは左手を右手首に添えた。長袖に隠れているが、彼の精霊石がそこにある。発動をしようとしたところで、彼はふとケイに向かって丸いものを手渡した。
「ケイ、お前はこれを持っててくれ」
「探知機?」
それは先ほど政府支部で借りた魔力探知器だった。ケイの手のひらに収まるほど小さな機械はごく弱い地属性の反応を示している。移動しても何も変わっていない。
「そうだ。ハルトとおれが周囲を探るから、お前まで魔力を無駄遣いする必要はない。発動は最小限でいい」
「あ、ああ……そうだな。けど……」
「けど?」
「いやなんでもない」
思わず口をもごもごとさせたケイに対し、スゥは有無をいわさない様子だった。ケイが言葉を飲み込んだのを確認するやいなや、彼は視線を上に向けて何かを警戒しはじめる。
ケイは内心不服だった。
要するに、索敵に関しては役不足と言われたわけだ。唇を尖らせたものの、実際その通りなのでぐっと我慢した。




