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2-6 政府からの命令



*


 扉を開けると同時に、中にいた数人の職員の視線が一斉にケイたち三人に集められた。


「あの、俺たちは……」

「お待ちしていました。こちらへどうぞ」


 ケイが言いかけた言葉を遮り、パソコンのキーボードを素早く数回打って画面を確認すると、若い女性の事務員が片手を上げて合図する。

 促された窓口に三人が並ぶ。事務員は再びパソコンに向き合うと、慣れた手つきで操作する。鮮やかに両手を躍らせる事務員に、ハルトは思わず感嘆の声を漏らした。


「おお、なんかすごいできる人だ……」

「早速ですが、任務についての話に入りましょう」


 ハルトのくだらない呟きを気にしたそぶりもなく、事務員は厳格さを感じさせるアルトトーンの声をあげる。

 支部の室内は、ひどく簡素な作りだった。

 真っ白な壁と床は、無駄な装飾が何もない。ただ同じ形のタイルを敷き詰めたようなもので、妙な居心地の悪さを感じる。

 その中で、やたらと大がかりに見えるパソコンをはじめとするたくさんの機材や、事務員の濃い藍色の制服が異様に際だって見える。

 まるで目をそらすことを許さないと言わんばかりの、強烈なコントラストだった。

 事務員はパスワードか何かを手早く打ち込むと、手のひらに乗るくらいの小さなリモコンのようなものをケイに手渡した。

 携帯電話よりも一回り小さいくらいの箱型のもの。上辺に沿う形で数字のボタンが並べられており、その中心には小さな青い飾り石がはめ込まれている。

 どういう仕組みなのかはケイたちにはわからないのだが、これはスピリスト個人を特定し、政府本部に情報を送ることができるという優れものだ。この小さな青い石がスピリストの持つ特殊なエネルギー……魔力と呼ばれているものと反応し、増幅する効果があるという。逆に言えばスピリストでない限り使うことができない。様々な場面で応用されており、政府の持つ技術のひとつである。

 事務員はこくりとひとつ頷く。こめかみを隠すように少し残し、頭頂部で一つに纏めているシンプルな髪型が、それに合わせて小さく揺れる。


「本来ならば報告に使うものですが。現在この町ではセキュリティーを強化しなければなりませんので、今回はこれを使います。あなたたちのグループコードの打ち込みと発動をし、お持ちの携帯電話と向かい合わせてください」

「……了解」


 ケイは自分の右手をちらりと見やる。右手首にある精霊石に目を止めるとわずかに光った。それは「能力」の弱い発動を意味する。

 精霊石はスピリストの証であると同時に、同じく増幅装置の役割を持つ特殊な鉱石であり、持ち主の意志と連動する。リモコンのようなものについている石と色がよく似ているが、これはケイの場合は単なる偶然で全くの別物だ。この石がどういうものなのかは知らないが、おそらくはこれらが力を伝達し合い、個別の認識を行うのだろうということは推測できる。

 ものの数秒でリモコンは高い機械音をあげる。事務員はそれを確認すると頷いた。


「――承認完了です。詳細と地図は携帯電話に送付しました。パスワードはグループコードです。確認してください」


 事務員がキーボードを数回打つ。直後、ケイが持っていた携帯電話が着信を告げた。

 画面に表示される、電子メールの新着通知。

 三人は顔を見合わせると、きゅっと表情を引き締めた。


「それでは」


 回転いすをひねると、事務員は凛とした声で命じた。


「場所は現在は使われていない旧風力発電所。調査任務です。迅速な遂行を期待しています」

「ああ?」

「おりょ?」

「ふえ?」


 事務員の薄い唇から告げられたことに、三人は異口同音に素っ頓狂な声をあげた。

 その場の数人の職員たちは、それに非難を込めた目を向けた。ケイたちの目の前にいた女性事務員に至っては目に見えて肩を上下させ、不快そうに眉をひそめている。


「あー、それってあの女の人たちが言ってた電力不足のことかなぁ?」

「発電所が原因なのか? てっきり俺はあのおばさんの言ってた恐喝犯とやらの調査か何かと思ったんだが」

「だからケイ失礼だってば……」

「だからなんなんだよナオ。ほんとのことじゃ……」

「ケイ、お前それじゃモテないよ……」

「なんでだよ!」


 ケイはがおぅと火を噴く勢いでハルトに食いつく。なんだか今日すでにどこかで聞いたような気がする台詞だった。


「さっきからなんなんだよ! モテるとかモテないとか関係ねぇだろ!」


 ケイはもはや苛立ちを隠そうともしない様子だった。さっきからというものは件の黒髪の少年の言ったことであり、その場にいなかったハルトが知る由はないのだが、そんなことはお構いなしだった。


「なに? ケイくんモテないこと気にしてるの?」

「だからそれが意味わかんねぇっつんだよ! 俺は女っつったら自分の町にいた女としか面識ねぇっての!」

「ほえ?」

「あのね、仮にほんとのことでも、礼儀として言っちゃだめなことってあるんだよね……お前いつか刺されるぞ」


 ケイはナオを指さして声を荒げる。ハルトはそれを横目で見ながら、先のナオと同じように半目を向けた。

 ナオはというと、目をぱちくりさせて首を傾げていた。


「いやごめん。悪いけど、ケイは間違っても女慣れは一生しないって思うわ……。だから自分に降りかかった縁をとにかく大切にしないといけないんじゃないかな」


 ハルトはため息をつくと、未だ訝しげな表情のナオに視線を向けて脱力する。

 ハルトの言ったことの真意はつかめていないようだったが、良からぬことを言われているのは確かである。しかしケイが苛立ちを言葉にするよりも早く、事務員が額に雷のような青筋を立てた。


「いい加減になさい。あなたたち、一体何の話をしているのですか?」


 静かな怒声に一刀両断され、三人は間の抜けた表情のまま固まった。

 三人に向ける事務員の形相たるや、もはや角を二本どころか五、六本は生やした鬼のようだ。これ以上話を脱線させようものならどうなるかと言外に語る目に睨みつけられると、とてもそんな勇気は起きなかった。

 一瞬で蛇に睨まれた蛙のように縮こまった子供たちを見て、事務員が深いため息をつく。

 その時、突如としてけたたましい警告音が辺りに響き渡った。

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