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9-11 協力


「やっほースゥ。チヒロちゃんには会えたかい?」

「室長? 一体どういうことですか」


 画面越しに飛んできた軽い口調に、スゥは正反対の早口を返す。

 チヒロを含む全員でスゥの手元をのぞき込む。チヒロの姿を確認したらしいユキヤは満足げに頷くと、人差し指を立てる。


「彼女と一緒にいるその子は地属性の精霊だよ。早速だけど、彼の霊力をきみに預けた魔力石に取り込んでくれるかな」

「は……?」


 スゥが振り返ると、ちょうどチヒロの後ろに隠れていたメロディと目が合った。大げさに肩を踊らせて怯えた彼を、チヒロが押しのける形で庇う。

 スゥは電話をつないだままの携帯電話をケイに押しつけると、ユキヤに渡された荷物を取り出して中身を確認する。動かすたびに、中でちゃりちゃりと堅い音が鳴り響いている。

 中身は魔力石だった。それも赤と青、それぞれ形の違うものが二対ある。一対だけでも危険な代物なのに、思わずぎょっとしたスゥだった。


「なっ!?」

「四角い方の赤い石を取って。丸い方はまだ触らないように」


 ユキヤから指示が飛んでくる。言われるまま、スゥは四角形の形をした赤い魔力石をつかみ取った。


「ひぃっ……!」


 その瞬間、何かを感じ取ったのか、メロディが悲鳴をあげた。頭を抱え小刻みに震える彼を見て、チヒロが顔色を変える。


「チヒロちゃん、今からスゥたちは『地』や『火』属性を持つ精霊に会いに行く。きみのその精霊の力、少し分けてくれないか」

「『地』と『火』……ですか」


 チヒロの低めの声がさらに押し殺された。彼女の背後ではメロディがますます縮こまっており、どこか様子がおかしい。チヒロは携帯電話を睨むようにして警戒を示した。


「室長さん。悪いけど、あんまりメロディを巻き込まないでほしいんですけど。こいつは火が苦手でね」

「そうなのかい。でもきみたちに同行してほしいというわけではないよ。きみの精霊の霊力を、とある精霊を探す手がかりにしたいというだけ」

「手がかりとは?」


 チヒロは眉を跳ね上げた。それになぜかユキヤは唇をつり上げてみせる。


「地属性の精霊の霊力は他の属性よりも波動が似た傾向にある。そしてお互いが影響を受けやすいとされている」


 言うと、ユキヤは画面越しにスゥに目を向け、またチヒロを見る。


「今から彼らが追う精霊は山火事や植物の異常成長を各地で繰り返しており、標的の場所がはっきりしていない。だから同じ地属性の力を持っていれば手がかりになるかもしれない」

「……それならなぜスゥなんですか。むしろその任務が来るのはあたしの方だったんじゃ」

「きみは地属性、それも『草木』を操るスピリストで、さらに色違いでもある。確かにこれ以上ないほど適任と言えるけれど、他の任務もあるだろうしそこまでは頼れないよ。これは研究室の任務でもあるから」

「……わかりました」


 チヒロは瞑目する。警戒は解かないままだったが、納得したそぶりで頷いた。ユキヤのそれはお願いと言っているものの、実質的に命令だということをわきまえているからである。


「メロディ」


 チヒロは背後に目を向けると、メロディの肩を抱いて前へと出した。

 戸惑うメロディに、チヒロはスゥの持つ赤い石を指さした。


「いいか。この石に向かって霊力を込めるんだ」

「は、はい」


 不安げにしつつも、メロディはチヒロの命令に従う。恐がりながらも従順だ。

 メロディは小さな手をスゥの手の上にかざした。


「よし、ゆっくりと力を込めろ」

「はい」


 メロディもまた頷くと目を閉じた。直後、彼の手から淡い緑の光が溢れる。髪や服が風もないのにふわりと翻ると、優しい霊力が辺りに広がった。

 柔らかい花の香りが広がる。包み込むように優しく、温かい。

 それは既知の気配だった。やはりチヒロに会う直前、風と共に感じた霊力はメロディのものだったらしい。

 ケイがそう気付いて間もなく、メロディはゆっくりと目を開けて霊力を収める。スゥの手の上の魔力石は、霊力を蓄えて真っ赤に輝いていた。


「これでいいですか?」


 携帯電話を見やると、チヒロが言う。やや早口だ。


「うん、じゅうぶんだ」


 画面越しのユキヤは穏やかに破顔する。


「チヒロちゃん、それに精霊くんもありがとう。呼びつけてしまって悪かったね。任務はこれで完了だ、報酬は後ほど支払う」

「はい」


 チヒロが短く答える。用事が済んだらしいことを確認した途端、スゥは携帯電話をケイから奪うと早々に通話を切った。去り際のユキヤが悲しそうな声をあげていたが、スゥに聞く耳はなかった。


「チヒロ、そしてメロディか。わざわざすまなかった、礼を言う」

「いやいや。スゥの役に立てたなら何より」


 チヒロは肩をすくめると、目をぱちくりさせているメロディの頭を撫でる。慈しむように目線を下に向ける彼女の横顔はひどく穏やかだ。メロディとの信頼関係がうかがえる。


「もっと話していたかったがもう行かなきゃ。あたしらは今から船で任務に向かうんだ」

「ああ、ありがとう」


 スゥは頷く。背の低いメロディをじっと見下ろすと、彼にも礼を述べた。


「命令なんだから気にするな。それにあたしもお前だけでなくケイとハルトに会えて良かったしな」


 チヒロは顔を上げる。これまでで一番華やかな笑みを浮かべる彼女は、同い年に見えないほど大人びていて美しかった。


 故郷の町を離れてから一年以上。

 離れていてもお互いに、確実に時を重ねている。大人に向かって成長している。

 その時間を共有できなくても、時は常に流れているのだから。


「……チヒロ。任務がんばれよ」

「ありがとう。名残惜しいが、またな」


 言うと、チヒロはケイやハルトと握手を交わした。最後にスゥと半ば無理矢理ハイタッチを交わすと、彼女は踵を返した。


「元気でやれよ。今度はナオやユウナも一緒に会えるといいな」


 そのままメロディを促すと、チヒロは長い髪を翻して颯爽と立ち去っていく。

 長い足にぴったり合ったパンツスタイルがとてもよく似合っている。思わず見とれてしまいそうな彼女を呼び止めたのは、慌てた様子のメロディだった。


「チヒロさん、そっちは元来た方です。港は反対方向ですよっ」

「う……」


 メロディの甲高い声に、チヒロは動きを止めた。歩きだした姿勢で固まるさまは不自然極まりない。先ほどまでの格好良さが台無しである。

 チヒロは携帯電話と辺りを交互に見ている。どうやら地図を確認しているようだが、未だに何も言葉を返せていないことから察するに、自分の位置も把握できていないらしい。対して、地図すら見ていないメロディは迷わず反対方向を指さしている。そしてそれは正しかった。真顔で頷くスゥの方を、チヒロは赤い顔で振り返るが何も言えない。


「……相変わらず方向音痴だな」


 奇妙な沈黙の中、ケイがぼそりと呟いた。つい口をついて出てしまった。


「う、うるさいっ。行くぞメロディ!」


 ケイを睨むと、チヒロは今度こそ立ち去ろうとする。しかしまたしてもメロディが声を張り上げた。


「そっちでもないです! そっちは駅ですよっ……わっ」


 早足のチヒロを、メロディはちょこちょこと追いかける。そして道の真ん中で転んだ。また立ち止まって戻ってきたチヒロはメロディをひっつかむと、今度こそ彼の示す方向へと歩いていく。

 ケイはやれやれと肩をすくめた。


「……大変だな、あの精霊も」

「いやいや、ちっこいけどいい男じゃん。おーいメロディー、うちのチヒロのエスコートよろしくねー」


 ハルトが満面の笑みで手を振っている。

 故郷の町にいた頃からチヒロの方向音痴はひどいものだった。この一年と少しで全く成長していないことに、むしろ懐かしさと安心感を覚えてしまった一同である。

 メロディはぺこりと頭を下げると、怒っているチヒロの手を握り返し、今度こそ立ち去って行った。



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