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9-3 水晶の少女


「まぁそれは綺麗な目の色と能力にちなんだ通り名で、本当の名前はミナミというんだけど。歳は確か十五だったかな」

「十五才!?」


 ケイは驚愕して声をあげる。まさか自分とさほど変わらない少女だとは思っていなかった。

 スピリストの力は基本的に能力を得てから時間が経つほどに強くなっていく。もっと年上の手練れだと思っていたケイは、同時に恐ろしさも感じる。その年齢であれほど強力な魔力を持つのは、やはり色違いだからだろうか。


「『水晶』なんて能力初めて聞いた。兵器属性じゃないの?」


 そう言ったのはハルトだった。彼も剣を扱う能力者だ。

 ユキヤは頷いた。


「うん、地属性だよ。今現在『水晶』という能力を持つスピリストはミナミの他にいない、とても珍しい能力だ。でもまぁ要するに石や岩を操る能力から派生したものだから、やっていることはシンプルだしそれ自体は強い能力じゃない。色違いとしての力がとてつもない破壊力を生んでいるだけで」

「…………」


 ナオは黙ったまま耳を傾けていた。

 紫水晶(アメシスト)という少女と対峙したときに感じたのは、思い出すのも恐ろしいほど強力な魔力だった。美しい凶刃が突き刺さった左腕はまた動かせるのかも分からない。

 ナオもはじめは少女の能力を魔力を物質化して操る『剣』だと思ったのだが、気配がハルトのものとは大きく違っていたので不思議に思っていた。それは剣ではなく、水晶という鉱石を様々な形に象っていたというわけだ。


「スピリストの能力は火、水、風、地、光、特殊、兵器属性に分類される。中でも地属性の能力はどれも強力なんだ。戦闘は地上で行うことが多いから、魔力を使うものも恩恵を受けやすい。空中や水中での戦闘なんて滅多にないからね。だから地属性を持つ色違いは特に、政府に重用されやすい」

「なるほど」


 ケイが頷く。

 言われてみれば確かに、似た属性の力に満ちた場所ではお互いが影響し合うことがある。活火山のある『クレナ』の町のナオやフレイア、そして色違いの少女ヒイロがいい例だ。もっとも、火属性はそう言った場所が限局的であるぶん、影響も強いと後で聞いたが。


「そういえば前に会った精霊も言ってたな。大地は繋がっているって」


 ケイは眉根を寄せて呟く。

 以前任務で出会った美しい精霊の姿が脳裏に浮かぶ。それにすぐに反応したのはハルトだった。


「あーあったね妖精の町の任務。エリアって言ったっけ。そうか、植物も地属性なんだ」

「『大地』『草木』『岩石』『花』あたりが地属性だね。当然精霊の力も強力だから、地属性の精霊が絡む任務は難易度が高いものが多いんだけど。きみたち新米の割には色々任務こなしてきてるんだね」

「まぁ、あのときもがんばったのはほとんどナオだったけど」


 少し驚いた表情のユキヤに、ハルトが素っ気なく言う。背後のベッドで俯いたままのナオを見やると、ハルトはまたユキヤを睨むように視線を戻した。


「ところで、その水晶女が政府の味方ってどういう意味?」


「言葉の通りさ。政府には戦力(スピリスト)の中でも突出した実力を持つ者が所属する軍隊(チーム)があってね。彼女はそのリーダーだ。主に『裏切り者(クロ)』を制裁する任務を請け負っている」

裏切り者(クロ)……? そうか、反逆者がスピリストなら、当然それを越える戦力が必要になるな」


 ユキヤの隣にいたスゥが身を乗り出した。眼鏡の下の赤目がはっと見開く。


「そう。政府は『裏切り者(クロ)』を決して許さない。彼女のような強大な戦力がどこまでも追いかけ必ず息の根を止めるだろう。『裏切り者(クロ)』はいつか、政府を脅かす存在になりうるのだから」

「…………」


 ケイは黙ったまま、無意識に手に力を込めた。

 真っ先に思い浮かんだのは、先日の任務で出会い現在行方をくらませている色違い、リュウだ。今も彼には追っ手が迫っているに違いない。

 そしてそれは、ケイたちにとっても他人事ではないのだ。


「そういえば……」


 ナオの高い声が聞こえてきて、四人は彼女の方を見る。大きな目はわずかに見開かれ、ユキヤをじっととらえていた。

 ナオは一瞬言葉につまる。そんな彼女に、ユキヤは穏やかに微笑んでみせた。ナオはゆっくりと頷くと、一度小さく息を吐く。


紫水晶(アメシスト)という人、私にそんなことを言ったんです。政府に仇なすものには制裁を。あなたは『裏切り者(クロ)』なのかって……」


「じゃあまさか、やっぱり俺たちを組織の関係者だと疑って……」

「わっ」


 ケイが椅子から勢いよく立ち上がる。衝撃でテーブルが動いて、ユキヤが驚いた声をあげていた。

 ナオと目が合い、ケイは立ったまま動きを止めた。お互いに目を逸らさないまま静寂が流れる。


「……ナオ」

「…………」


 ナオの表情は不安に揺れていた。ケイにとってはそれがどうしようもなく悔しくてもどかしい。

 政府にとっては例の組織と接触したケイたちのことは大きな手がかりであり、危険因子でもある。『裏切り者(クロ)』に近しいと判断されれば、いつか制裁が下されるのではないかと危惧していた。

 ユウナとの任務のあと、突然政府本部の町に召集され、今のところは研究室での軟禁で済んでいる。しかし、それが何かのきっかけで覆らないとも限らない。

 色違いでもない、まだ能力を得てから日も浅いケイたちを始末することができるスピリストなど、政府には掃いて捨てるほどいるだろう。そうなればもうなすすべはない。


「で、でもね。あの人最後に私は『裏切り者(クロ)』ではないって……」

「それはないよケイくん」


 ナオが言いかけたことを遮ったのはユキヤだった。いつものへらへらとした口調はなりをひそめ、迷いの無い否定だった。


「もしミナミが正式な命令を受けていたとしたら、話をする間もなく殺されていただろう。もちろんきみたち全員が。そこに容赦なんて一切ない。あるわけがない」


 黒い瞳が神妙に細められる。指で自身の首を切るしぐさをしてみせたユキヤに、ケイたちの間に緊張が走った。


「彼女らは政府直属の戦力だ。その規模も戦力も多くが謎に包まれている。ひとつだけ明らかなのは、政府の命令に忠実ってことだけ」


「室長も何も知らないんですか」


 スゥが眉をひそめて言う。それは落胆を含んだ声音だ。

 政府のセキュリティすら担う魔力石をはじめ、さまざまな研究と開発を行う重要機関である研究室。その長たるユキヤが政府において高い地位にいることは間違いない。


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