2-5 風車と風の町
「あのさ、おねえさんたち。さっきの話、詳しく教えてくれない? この町は今どうなってるの? なんか物騒みたいだけど……」
ケイを完全に無視し、ハルトは妙齢の女性たちに訪ねる。不安げに瞳を揺らし、可愛げを含ませて訴えかけるような表情を瞬時に作り上げるハルトに、ケイは心の中で脱帽してしまう。
女性たちはまだ目をぱちくりさせていたが、子供相手に頬を紅潮させ嬉しそうに首肯する。「おねえさん」というフレーズのパワーは凄まじいようだ。断じてナンパではないのだが。
「ええ、そうなの。一週間くらい前かしら、急に強盗や恐喝が頻発するようになったのよ。警察は集団で犯罪をしていると睨んでるみたいなんだけど、情報が集まらないの。顔はしっかり隠されてるらしいし」
女性は眉根を寄せ、恐ろしいわと付け加えた。
「あとは町のコンピュータのセキュリティーが破られてハッキングされたり……ただでさえ電力不足だっていうのに、もう町中大騒ぎなのよ」
「電力不足?」
異口同音に反復し、ケイたちは三人そろって怪訝な顔をする。女性はこくりと頷いた。
「そうなの。この町はね、いつも一定の方向に吹く強い風があるの。それを利用したのがあの風車を使った風力発電なんだけど、近頃それがどうしてだか調子悪いらしくって。まぁそれを差し引いても考えられないくらい電力不足が深刻らしいのよ。この町じゃ列車は欠かせないし、おかげでみんな躍起になって節電節電! もうやんなっちゃうわ」
「はぁ……」
そうねぇ、やあねぇなどと言いながら、彼女らはランチと呼ぶにはいささか多いのではないのかと思う量の食事を次々と平らげていく。
すでに追加でデザートも注文した後らしく、伝票の枚数がなんだか多い。
現在育ち盛りまっただ中のケイから見ても凄い勢いだ。思わずまた胸中で失礼なことを考えていた。
女性たちは食べていたものをもぐもぐと咀嚼し飲み込むと、にっこりと笑ってハルトを見る。先ほど無礼をはたいたケイなど、もはや眼中にないらしい。
「あなたこの町の子じゃないのね。怪我人もたくさん出てるし、きっとお父さんもお母さんも心配してるわ。早いとこ帰ったほうがいいわよ。唯一観光できる風車でさえそんな状況だしね……」
「そっか、ありがとう。おねえさんたちも気をつけてね。それじゃあね」
ハルトは貼り付けた爽やかな笑顔を返す。
軽やかに立ち去る彼の後ろを、ナオは女性たちにぺこりと頭を下げ、ケイとともに追いかけた。
「ふーん。なんか、この町もやっぱ穏やかじゃないっぽいねぇ」
歩きながら、ハルトはやれやれと肩をすくめると、気だるげに空を仰ぐ。彼の横顔を見ながら、ナオはしょんぼりと眉尻を下げた。
「うん……強盗や恐喝なんて、きっとすごく不安だよ。きっとそれが任務なのかな? がんばろうね二人ともっ!」
「俺はさっきのおばさんのが怖ぇよ」
「それはケイが悪いよ」
「なんでだよ!」
遠い目をしたケイに、珍しくナオが容赦ない突っ込みを返す。
「ケイ……?」
「なんだよっ、なんだその汚物を見るみたいな目はっ!?」
ナオに半目を向けられたケイは慌てふためく。その目は汚物ではなくしっかりとケイをとらえているのだが、ナオはただ単に呆れ返って見ているだけである。
「ほいほーいお二人さん、支部はこっちみたいだよー」
前方から軽い口調が飛んでくる。
携帯電話を片手に、ハルトが手まねきをしていた。
「うん、わかった。ごめんねハルト!」
ナオは結わえた髪をぴょこんと揺らして駆け寄る。ケイはそれを追いながら、遠くに見えていた先の飲食店をちらりと振り返るも、置いていかれないようにさっさと仲間に続いて歩を進めた。
五分ほど大通りを歩くと、わき道のひとつをハルトが指さした。大きなビルの陰を抜け、さらに分岐した道をすいすいと進んでいく。
ほどなくして、白地に黒で模様を刻んだ小さな看板を見つける。
携帯電話の裏側に刻まれているものと同じ、七枚の花弁をモチーフにした政府の紋章だ。
外観は民家に見えなくもないほどに簡素な建物だった。町の一角にとけ込んでいるそこの扉を開け、三人は中へと消えていく。
政府の支部は各町に存在するが、基本的にスピリストと関わることなく人々が安心した暮らしができるように、大々的に存在感を示していることはそうない。先日立ち寄った「ウグイス」の町もそうだったが、この町も例外ではないようである。
だから、そのそばにひっそりと佇んでいた人物がいたことに、彼らは気がつかなかった。




