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スピリスト-精霊とよく似た異能力者たち-  作者: みぃな
8章 政府の町、ウィスタ
221/258

8-8 重ねられた手



「精霊石を使って得られる魔力はひとつだけ。それも常に体内で増幅され続ける魔力をコントロールし続けなければならないスピリストになる必要がある。そんなリスクを犯さず魔力を、それも複数の魔力を扱える方法を実現したのが、この魔力石だ」


 アランドは赤い魔力石を手に取る。装飾品として加工されたそれは、見た目は綺麗なブローチだった。赤い石の表面に映ったケイの顔が不気味にゆがむ。


「もちろんこれはこれで別のリスクが伴うけど。赤い魔力石に取り込んだ魔力を、青い魔力石で繰り返し増幅しながら使うという仕組みだ。青い方がなければすぐに魔力が尽きてしまう」

「それってむしろスピリストより危険じゃ……」

「その通り。要はノーガードで爆弾を抱えているのと同じだからね。増幅のコントロールを誤れば、魔力が暴走して自爆する。生身の身体なんてひとたまりもないだろう。だから政府の連中はみんな怖がって、使うのはスピリストばかりなんだよね」

「なんだそれ……」


 ケイは呆れたような声をあげてしまう。

 結局は危険なことはスピリストが担う役目なのだ。非能力者でも使える魔力というのが研究の目的なのだとすれば本末転倒である。


「ということは、同時に赤と青の石を持っていないといけないってことだよね」


 二色の石をじっと見つめながらハルトが言う。


「そういうこと。複数組の石を持っていたなら、同時に複数の魔力を扱うことだって可能だ。かなり危険だし難しいけれど不可能ではない」

「反則じゃねぇかよそれ」

「まぁねぇ。でも俺は絶対に嫌だね、まだ死ぬわけにはいかないし」


 ぼやいたケイに怖いことを言うアランドだった。アランドはケイの方を見ていなかったが、彼の横顔からも嘘を言っていないのは明らかでケイも口を噤む。

 アランドは机の上の魔力石を手に取った。


「精霊石もそうだけど、なぜかこれらの石は持つ人の意思に従う。スピリストであってもなくても、魔力はヒトの魂で扱うものだと、そんな空想めいたことを大真面目に論文に書く人もいるくらいさ」


 ーー研究者のくせに。


 どこか自嘲的に笑うと、アランドはふと思いついたように顔を上げる。

 ケイの目の前に魔力石を差し出した。


「使ってごらん」

「え……」


 突然のことに、ケイは戸惑う。ハルトは目を丸くしてそれを見ていた。

 ずいと目の前に突き出された(それ)は、触るのも憚られる。

 警戒する二人を、アランドは再度促した。


「だいじょうぶ、スピリストなら扱えるよ。俺もついてるし」

「…………」


 ケイはごくりと喉を鳴らす。それを見てハルトが何か言おうとしたが、ケイは意を決して二つの石を片手で取った。


「発動したら石同士を触れさせると危険だ。少し離して」

「お、おう」


 ケイは片方の石を左手に移す。左右でひとつずつの石を摘むように持つと、手のひらを上に向けた。


「ゆっくりと発動のイメージを。普段能力を使うときみたいに」


 アランドの落ち着いた声を受け、ケイは指先に意識を集中する。

 堅くて冷たい石の表面が、ほんのりと熱をおびる。

 直後、ケイを取り囲むように柔らかい風が渦巻いた。


「これは……!」


 自分のものとは違う魔力を間近に感じて、ケイは瞠目した。


「風の魔力だ……」


 そう呟いたのはハルトだった。以前の任務で遭遇した風の霊力を持つ精霊と、目の前で渦巻く魔力と気配がよく似ている。


「よし、止めて」


 アランドの声を合図に、ケイは魔力を収めるイメージをする。するとすぐに風がやんだ。


「上出来だ、さすがだね」


 アランドが数回拍子を打って賞賛した。アランドがケイに向かって手を差し出すと、ケイは彼の手のひらに石を乗せる。


「ハルトくんもやってみる?」

「いや、オレはいいよ」

「そう」


 首を横に振るハルトに短く返すと、アランドは精霊石の入った箱を手に取る。空いた場所にひとつずつ石を収納すると、蓋を閉めようとする。


「あれ……確かあのとき……」


 ケイが小さな声でひとりごちた。アランドは手を止めると顔を上げる。

 ケイは自分の両手を見ていた。ハルトとアランドが怪訝そうにそれを見ているのにも気づかないほど、何もない手の平から目を逸らさない。

 ケイはやがて両手を胸の前で組む。すぐに離して、また組んでを数回繰り返すと眉をひそめた。

 組んだ手に、なぜか違和感がある。つい最近この手のかたちを何度も見たような気がして仕方がなかった。

 そこでようやく、ケイはハルトとアランドの目線に気づいて我に返る。


「どうしたんだい?」

「いや……」


 自分でも何をしているのかわからなかった。それでも、ケイは組んだ自分の手を解かない。再びじっと手を見ると、ぽつりと言う。


「なんか、誰かがこうしていたような……」

「それは組織の人間かい?」

「えっ?」


 アランドの目が鋭くつり上がる。ケイは思わず怯んだが、首を横に振った。


「……わからない」

「ふむ。手を組む……重ねる、か」


 アランドは収納していた魔力石を再び取り出す。指先で取り上げたのは赤い方だけだ。しばらくころころと弄ぶように動かすと、何か思いついたかのように青い石に近づける。赤い石が青い石の表面に触れると、かちんとぶつかる音がした。


「まさかねぇ……。そんな危ないことしたら身体が弾け飛ぶ」


 ぶつぶつと呟きながら、赤い石を元の場所に収納した。そのまま蓋を閉めると立ち上がり、箱を片づけて戻ってきた。


「きみたち、先日のことほんとに何も思い出せないの?」


 再び椅子に腰掛けると、アランドは唐突に切り出す。


「ああ」


 二人は同時に頷く。


「幻覚を操っていたことは覚えている。リュウを狙ってきたことも。でも……」

「相手の情報は思い出せない、か」

「ああ……」


 ケイは悔しげに唇を噛む。心の中に靄がかかっているようで気持ち悪い。


「――ねぇアランドさん。オレ、前に似たようなこと言ってた奴を知ってるんだけど」


 ハルトが早口に言うと小さく手をあげる。ケイは驚いたそぶりを見せたが、すぐに何かに気づいたらしくあっと声をあげた。


「ああ、あの子だろ? 政府が把握してなかった『甘美』の能力の女の子。確かリサと言ったっけ」


 アランドは即答した。彼がリサの名を知っていると思っていなかったハルトは逆に驚かされた。


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