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2-4 道ゆく先はほの暗い


「――でもさ、ハルト」


 ふと、ナオは並んでいたハルトの黄色い服をくいくいと引く。

 とことこと歩く足を止めずに、ハルトは首を傾げた。彼の左耳のクロスのピアスがキラリと光る。


「んー?」

「んー。えっとねー、今回の任務は調査系だったよね?」

「うーん、今朝の電話ではそー言ってたー」

「ほかにはー?」

「んー。直接話すってー」

「そっかぁ」


 二人して何故か間延びした口調で話す。せっかく気を引き締めていたところに、ケイはそのさらに隣で本日何度めかの脱力を覚えていた。

 ハルトは手に持ったままだった携帯電話の画面を立ち上げる。今は大人しいが、電話や電子メールの着信を知らせるとき、それはそれはけたたましい音をあげて自己主張をするのだから困りものだ。ぐっすりと寝ている人間をたたき起こすことなど造作もなく、また持ち主を不快にさせる天才である。

 手のひらに乗るくらいの小さな機械をくるりと裏返す。花の形をした政府の紋章が、青い本体にしっかりと刻まれている。言わずもがな、ケイたち三人の所有物ではなくただの借り物である。一つしかないので誰が持つかはその日の気分だが、ハルトが持っていることが多い。

 ハルトはじっと携帯電話を見つめると、わずかに眉根を寄せる。これは、政府にはめられた首輪そのものだ。

 スピリストたちが政府に飼われ、必要に応じて任務を与えられ、各地に派遣される。その連絡手段がこの携帯電話である。

 政府からの命令は絶対だ。指示をされたのなら、それを必ず達成しなくてはならない。

 どこにいようが朝だろうが夜中だろうがお構いなしに連絡は入る。そのたび事務員の形式的で無感情な声が淡々と耳に響くさまは、本当はロボットが電話してんじゃねぇ? とケイが悪態をつくのもむべなるかな。

 スピリストは政府にとってただの戦力でしかない。それを完璧に管理するために、多くの規律や禁止事項をもうけられている。

 それに反する者には、政府は決して容赦はしない。支配者は己の力を持て余すようなことをしてはならないのだ。


 町は多くの人通りがあり、とてもにぎやかだった。

 親子連れも仕事中らしき男性も、皆足早に通り過ぎていく。

 広い町に敷かれたこの大きな通りは、どちらかというとビジネス街らしい。駅から近い位置にあるので余計に人が多いのだろうが、高い建物や店が多く立ち並び、活気のある町並みだった。

 横を通り過ぎた小さな男の子が甲高い笑い声をあげる。それを母親が軽くとがめ、引っ張っていこうとするところに、店から顔を乗り出した若い店員が笑顔で話かける。男の子は満面の笑みを浮かべてうれしそうだった。


「楽しそうだねぇ」


 つられて思わず笑顔になりながら、ハルトは言う。平和な町並みにそっと目を細めた。

 眩い太陽に照らされて、赤みがかったコンクリートがキラキラと輝く。

 肌に刺さりそうな光を浴びながら、三人はきょろきょろと珍しそうに辺りを見渡した。


「……あれ?」


 ふと、ナオは不思議そうに首をひねった。


「ナオ、どうした?」

「うん、ねぇケイ。あのお店、ちょっと暗いなぁって」


 ナオが指した先は、一軒の飲食店だった。

 見ると、確かに昼間の明るい外からだからか、店の中はなんだか薄暗い。


「もしかして、電気つけてないのかな」

「そうみたいだな」


 言われると確かに違和感を覚える。ケイは頷きつつ、さらに隣の店に目をやる。そちらの店も、心なしか照明をひかえめにしているように思えた。しかし客足もそれなりに途絶えず、店員はせかせかと働いている。何の変哲もない、普通の店だ。


「まぁ、昼だからじゃねぇか? 夜になったらそんなこと言ってられねぇし、電気くらいつけるだろ」

「うーん、そうなのかな」


 ナオは眉間にしわを寄せて唸る。まだどこか腑に落ちない、そう言いたげな声音だった。


「おりょ? どしたのナオ。なんか見つけた?」


 ぴょこぴょこ跳ねるようにせわしなく辺りを散策していたハルトが、ようやく気付いたように振り返る。

 彼はナオのところにひょいと駆け寄ると、後ろからずっしりと乗りかかった。重さに耐えかねたナオが「ふぎゅっ」とかいう妙な声をあげてもお構いなしである。

 唇を尖らせ、わざとらしく遠くを見るように手を額にあてて見せたハルトだったが、薄暗い飲食店を見た瞬間、聞こえてきた会話に眉をひそめた。


「……それはそうと聞いた? また例の恐喝犯が出たらしいわよ」

「今度は西の方ばかりなんですってね。もう何件目かしら。こうも続くと本当に怖いわ。うちには子供もいるし、戸締まりもしっかりしておかないと」

「ほんと。あとはあれね、原因不明の電力不足、いつまで続くのよ。町も節電しろばかりだしね。一体何があったのかしら」


 そう話していたのは、女性数人のグループだった。飲食店のテラスでランチを楽しむ彼女らは、色鮮やかなサラダをつつきながら顔を雲らせ、内緒話をするように顔を近づけている。それではせっかくの食事が台無しだ。

 穏やかとは言いがたい話だった。ハルトは乗りかかっていたナオを跳び箱のようにして踏台にすると、女性たちを見据えたまますたりと着地する。


「ぐえっ」

「ねぇ、おねえさんたちっ」

「えっ、あ、は、はい!」


 ナオがあげた短いうめき声など気にもとめず、ハルトは一目散に女性たちの元へと駆け寄った。

 話に夢中だった彼女らは、突然話しかけられて心底驚いたようだった。目を白黒させてハルトを見る。

その後ろを追いかけてきたケイがわずかに訝しげな顔をしながら、「おねえさん……?」とぼそりと呟いたのを、女性たちが一斉に睨みつける。

 さすがのナオも呆れた顔をしている横で、ケイは短い悲鳴をあげて縮こまり、あえなく完敗を喫した。彼にはあくまで悪気はないのだが、全くデリカシーのない男である。


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