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スピリスト-精霊とよく似た異能力者たち-  作者: みぃな
8章 政府の町、ウィスタ
214/258

8-1 牢獄の町(☆)

挿絵(By みてみん)


***


「ねえちょっと。今度はどこに行くのよ?」

「うぐっ?」


 待機していた建物を出て歩きはじめて間もなく、ぱたぱたという羽音とともに何かがケイの頭の上に降ってきた。

 大した重さではないものの、ずいぶん着地が乱暴だった。衝撃に首が肩に埋もれるかと思ったがなんとか堪えると、ケイは目を上に向ける。


「フレイア、お前今までどこいたんだよ」

「別に。どこだっていいじゃないのよ」


 拗ねたような声音と、ふんと鼻を鳴らした音が一緒に聞こえる。上を見ても自身の前髪しか見えないが、精霊フレイアがどんな顔をしているかは容易に想像がついたケイだった。


「アンタもあんなひ弱そうな奴の言うことなんか聞かないで、こんな町さっさと出ればいいじゃない」

「そういうわけにはいかねぇんだって……」

「そういうわけにはいかなくてもアタシが嫌なのよ」

「へぇ。早々にいなくなった割に話はちゃんと聞いてたんじゃん」

「うっさいわよハルトっ」

「いでっ!? おいやめろ!」


 二人の隣を歩くハルトがからからと笑う。フレイアの苛立つ声とともに、ケイの頭頂部の髪が理不尽に引っ張られた。


「…………」


 ケイの髪を手で弄びながら、フレイアは前方を行く二つの人影を見やる。

 小柄な少女と、こちらもやや小柄な男が肩を並べて歩いている。

 見慣れた主の隣に立つ男は、ぼさぼさの黒髪と皺だらけの白衣を揺らして楽しそうに何かを話している。それに笑顔で応える主を見て、フレイアは不快そうに目を細めた。


「――あの男、気味が悪いのよ」


 舌打ちをせんばかりの低い声で、フレイアは言う。

 その大きな瞳に映る男は、フレイアの視線に気付いたのか背後を振り返った。フレイアを見て穏やかな笑みを浮かべるが、それもフレイアにとっては警戒心を煽られるだけだ。


「ケイくんたち、置いていくよ。この町は広いからちゃんとついて来てねー」


 男が大きく手を振る。その隣で、警戒心の欠片もないナオがにこにこと笑っていた。


「まぁフレイアの意見にはオレも同意かな。ここでオレらの前に偶然現れるような人じゃないでしょ」


 再び背を向けた男を睨みながら、ハルトが静かに言う。


「理由があってオレらを待ち構えていたんだよ、あの人。スゥとアランドさんの上司――ユキヤさん」





 ケイたちの幼なじみの一人、ユウナと供に赴いた任務が終わってから二日が過ぎていた。

 三人はこの『ウィスタ』という町の大きな建物の一室で、以前湖のある町の任務で出会った研究員、ユキヤとの再会を果たしていた。


 リュウのいた屋敷を出てすぐ、三つの携帯電話がけたたましく鳴り響いた。ケイたち三人のものと、アランド、ユウナがそれぞれ持っていたものだ。

 各々に告げられたのは次の任務ではなく、この町への召集だった。


 ――戦力(スピリスト)を管理する政府の本拠地、港町『ウィスタ』。


 その名を聞いた瞬間、ケイは思わず大きな声で反復してしまった。政府に所属しているユウナとは違い、各地を旅して任務に当たっているケイたちが普段訪れることはない町だからだ。いや、訪れることができないと言った方が正しい。

 そこは政府にとって重要な機関が存在し、政府の中心たる人物や多くの色違いたちが居住する異色の町だ。末端の能力者(スピリスト)たるケイたちがわざわざ招かれる場所ではない。

 嫌な予感しかしなかった。三人とユウナはそれぞれ青い顔を見合わせる。

 一人だけ長めだった電話を切ったアランドは、銘々に狼狽えるケイたちを見て面倒臭そうに頭をかいたものの、町まで同行してくれた。移動には列車と船を乗り継いで丸一日を費やしたが、道中いろいろな話をしてくれた。

 アランドはスゥの先輩研究員であり、ユキヤの部下であると聞いたときは三人揃って驚きの声をあげた。改めて任務を助けてもらった礼を述べると、彼は「命令だから」と優しく笑っていた。


 町に着いた途端、アランドとユウナの携帯電話にまた着信があり、二人はそれぞれ別の方へと向かってしまった。突然の別れを惜しむ間もなく、今度は三人に一通のメールが届く。そこで指示された場所に馳せ参じると、待ちかまえていたのがユキヤだったのだ。

 忘れるはずもない、胡散臭さの権化とも言える彼の顔を見た瞬間、ケイとハルトの顔が強張ったのは前述の通りである。

 不思議だったのは、ユキヤが現れると同時にフレイアが姿を消したことだ。移動中からずっとナオの肩の上で退屈そうにしていたフレイアが突如として全身の炎を強め、あっという間にどこかに飛び去ってしまった。

 気配から近くにいることが分かっていたので放っておいたケイたちだったが、気に喰わないものは追い出しこそすれ自身が退散するような性格ではない彼女のことをとても心配していたのだ。それでようやく姿を現したかと思えば、なぜか不機嫌だったわけだが。


「――っていうか一体どこ連れてくつもりなんだよ、あのおっさん」


 ケイが不服そうに言う。

 再会するがいなやユキヤに同行を命じられ、今に至るというわけだった。足取りは重いが、無視をするわけにはいかない。一応ユキヤの方が立場は上だ。

 唯一ナオだけはあまりユキヤに対して苦手意識はないらしく、結果として二人仲良く先頭を歩いていくかたちになっている。本音のところはそれもまた気に喰わないケイだったが、近付きたくとも頭上のフレイアがそれを許さないため、付かず離れずの状態を保っていた。


「あーもう、この町気持ち悪いっ。ギラギラした建物ばかりでチカチカするわっ」

「いでっ! おいやめろ、お前自分で飛べばいいじゃねぇかよっ」


 ふと、フレイアの癇癪を起す声が降ってきた。身体が小さいとはいえ大きめの人形くらいの身長があるフレイアに頭上で暴れられるとそれなりにダメージを受ける。ついでに火もちらつかせており、危うく髪が焦げそうだった。


「ギラギラ?」


 怪訝そうに首を傾げると、ハルトは周囲を見渡してみる。

 彼らは今、高いビルがいくつも立ち並ぶ通りを歩いている。おそらくフレイアは建物の窓に幾重にも太陽光が反射して眩しいと言いたいのだろう。せっかちなフレイアが自力で飛ぼうとしないのは、高度を上げると眩しいからだ。

 さすがは政府の中核都市、政府のお膝元、『ウィスタ』の町だ。『カリス』の町と同等以上の大都会である。

 同じ都会でも全く心躍らないのは、おそらく景色のせいだけではない。

 建物が密集しているのとは裏腹に、すれ違う人は少ない。いたとしてもほとんどが険しい顔をした政府関係者だ。件の襲撃事件の後なのだから、仕方ないと言えば仕方ない。


「もーう! 早くここから離れたいわ、何とかしなさいよハルト」

「無茶振りしないでよ。残念だけどそれはしばらく無理そうだし」

「っていうかアンタでも何も感じないの? この町もあの白服男も変な気配がするじゃない。うまく言えないけど、見えてるものと実際あるものがかみ合わないって言うか……何か変な感じなのよ」

「あー、さすがフレイア。たぶんそうなんだろうね」

「たぶんって何なのよっ」


 ハルトに軽く聞き流され、フレイアはまた苛立ちをケイの頭にぶつける。ケイが何度か悲鳴をあげていたが、それきり口を閉ざしたハルトはまた前方を睨んでいた。


「……オレには分からないんだよね、あの人の魔力」


 ハルトがぽつりと呟いた言葉は、風にかき消されてフレイアに届かなかった。


「……政府」

「きゃっ」


 ケイは顔を上げる。頭の上のフレイアがバランスを崩したのか、短い声をあげていた。

 ハルトがケイの視線を追うと、大きな建物が見えていた。

 この政府の町と言う、巨大な牢獄(・・)にいる仲間たちに想いを馳せる。


「……こんな形で来ることになるとはな」

「それでもいいじゃん。こんなに早く来れたなら」

「…………」


 静かに返したハルトに目を向けると、ケイは再び前を向く。

 それきり、目的地に着くまで無言で歩いていった。


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