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7-48 立ち向かう理由


「精霊、か……? なんだ、なんか雰囲気が違う気がするような」


 ぽつりとそう漏らしたのは眉根を寄せたケイだった。仲間たちはそれぞれに彼を見やると、また精霊を凝視する。

 言われてみれば確かに、精霊の霊力に違和感がある。やがて最も早く何かに気付いたのはハルトだった。


「……あれ? あいつの霊力、少しずつ周りに放出されてないか?」

「えっ!?」


 大きく目を見開いたハルトを振り返ると、ユウナは思わず声をあげる。

 発動を最大限に強めて見ると、確かに精霊の身体から霊力が漏れ出ているのが分かる。まるで穴の空いた風船だ。

 ユウナはさっと青ざめた。


「そんな、あれだけの霊力が急に放出されたら……!」

「まずい、早くしねぇとここら一帯吹っ飛ぶぞ!」


 言うが早いか、ナオとケイはそれぞれ攻撃を放った。精霊はそれをかわすと飛び上がる。

 精霊の動きに合わせ、飛沫が雨のように降り注いでくる。

 霊力を具現化し作り出した水が、彼らの身体に当たって床を濡らした。


「……あいつの身体、もうぼろぼろじゃない。一体どういうことなの?」


 火球で水を防ぐと、フレイアは怪訝そうに顔を歪める。

 振り仰ぐと、天井付近まで上昇した精霊が暴れ回っている。そのたびに水が散り、辺りを濡らしていく。

 精霊は霊力の塊だ。

 生まれた『場所』から霊力を供給され続けることで、その生命を維持している。その身体という器には、周囲を軽く吹き飛ばしてしまうほどの霊力が込められているだろう。

 水と一緒に、高濃度の霊力がまき散らされているのが分かる。少女の姿をした器はもう、霊力を抑えきれないほどに綻んでいる。


 精霊の命はもう、幾ばくもない。


「……精霊の最期はその『場所』の最期だ。身体という器を維持できずに、霊力を暴走させ放出しながら消える。死に場所として全てを道連れにするんだ。もちろん、この屋敷の人たちも」


 ハルトは静かに言うと、さらに発動を強め剣をいくつも生み出した。

 フレイアは舌打ちをすると、纏う炎を強めた。


「分かってるわよそれくらい。言われなくたってすぐに片づけてあげるわっ」


 言うと、フレイアは精霊に向かって炎を放った。精霊の短い悲鳴とともに、水が蒸発する音と白煙があがる。

 視界が奪われる中でも、不自然に放出される霊力が明確に位置を告げている。ケイ、ナオ、ハルトもそれぞれに攻撃を打ち込むと、さらに衝撃音がこだました。

 放出される霊力が周りを破壊する前に、攻撃を打ち込んで相殺する。ケイたちにとっては本分とも言える仕事だった。


 スピリストの力は基本的には破壊の力だ。

 しかしそれでしか解決できないことも、救えないことも確かに存在する。


 水が弾ける音とともに、精霊が床に落ちた気配がする。落下点に向かって駆け出すと、銘々に攻撃を準備した。


「さぁかかって来なさいな、全部打ち落としてやるわっ」


 フレイアの火球が大きく膨らんで、辺りを熱波が包む。彼女の睨みつける先で白煙が少しずつ晴れていくと、床にうずくまっている精霊の姿が露わになる。


「……ウゥゥウっ」


 精霊は顔を苦痛に歪めながらも、立ちはだかるフレイアやケイたちを威嚇し続けている。彼女の周りは水浸しだ。その手を前に突き出すと、大量の水が凝縮されていく。

 フレイアに向かって水が放たれた。フレイアはそれを軽くかわすと、精霊との距離をつめるべく翼に力を込める。

 しかし、早かったのはナオだった。精霊がフレイアに気を取られている隙に背後を取ると、壁を蹴って飛び上がった。


「ナオ!」

「だいじょうぶ。このお屋敷の人たちを守ってみせるよっ」


 甲高い声とともに、ナオは細い腕を振りかぶった。フレイアにも劣らない大きな炎を、がら空きになった精霊の背後からたたき込もうとする。


「――――っ!」

「ふぇっ!?」


 その刹那、精霊は声にならない声をあげると急に振り返った。そのあまりの形相に怯んだナオを遮るように、床から水の壁が立ちのぼると炎を打ち消した。


「きゃあっ!」


 そのまま水の直撃を受けたナオは壁に押し戻されると、どうにか身体を捻って着地する。その間に、精霊はフレイアの攻撃を受けて鋭い悲鳴をあげていた。


「よそ見してんじゃないわよ、アンタの相手はアタシよっ」


 精霊は片腕を焼かれて失っていた。水で構成されているのだろうか、精霊の身体からは絶えず水蒸気が上がっている。満身創痍の精霊は、それでもフレイアやスピリストたちに鋭い目を向け続けている。


「……ユウナ。あいつ、何か様子がおかしい気がしないか」

「え?」


 能力の相性から一歩引いていたケイは、戦いの様子を見て違和感を覚えていた。そんな彼を見て、ユウナは怪訝そうに顔を歪めると精霊を見やる。

 フレイアとの戦力差は明らかだ。精霊とてそのくらいのことは分かっているだろう。それなのに全く引く様子はない。それは自ら死にに行くのと同義だ。

 最期が近い精霊は、身体()の崩壊に耐えられず自我も失い、暴れ回ることが多い。しかし目の前の精霊はそうは見えなかった。その目は明確な強い意志を持って、フレイアに抗おうとしているようだ。


 ――例えるならそれは、まるで何かを守ろうとしているのような、強い目だ。


 そう考えたところで、ユウナはふと何かに気付くと目を見開いた。


「待って!」


 ユウナの高い声が、部屋の中に響きわたる。

 怪訝そうに振り返ったフレイアの横を通り抜けると、ユウナは精霊の前へと躍り出た。


「ちょっとアンタ、巻き込まれたくなきゃすっこんでなさいな」

「いいえ」


 不服そうなフレイアを短く突っぱねると、ユウナは精霊と対峙する。

 ユウナの髪がふわりと靡くと、その両手に水が生みだされる。

 差すような魔力を迸らせながら一歩ずつ、じりじりと精霊に近づいていく。精霊は獣のような声をあげてユウナの前に立ちはだかった。

 ぼろぼろの身体を精一杯広げる精霊に、ユウナは悲しげな目を向けた。


「……やっぱり。あなたはそれを守ろうとしているの?」


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