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7-46 ひとりじゃない


「え?」


 ユウナにとってはそれが、まるで幻惑のようにひどく魅惑的に聞こえた。それほどまでに、夢物語を語るアランドの瞳は真剣だった。


「そんなこと、できるはずないわ……」

「できるさ。少なくともきみの仲間たちはそう思っているだろうから」

「え……?」


 首を横に振るユウナに、アランドは迷わずそう言った。戸惑うユウナの前に、彼は己の右の袖をめくって見せた。

 強い光を放つ白い精霊石がそこにある。

 よく見るといくつもの色が入り混じっているそれは、『幻』の能力者の持つ色だ。


「俺は攻撃能力をほとんど、いや全く持たない。だから任務は隠密や調査、そしてスピリストの評価任務(・・・・)に特化している。ケイくんたちに対しても一度だけ、彼らの担当として任務に同行したことがあるんだよ」

「スピリストの……評価?」


 ユウナは上擦った声をあげた。

 遅れて彼の言葉の意味を少しずつ理解していくと、ユウナは大きく目を見開いた。


「じゃあ、あなたはハルトたちのことを知って……」

「きみや俺みたいな政府所属ならまだしも、彼らのように派遣隊として各地に散らばるスピリストの実力ってどうやって把握すると思う? 政府がスピリストに任務を命じるためには、(おのおの)の実力を的確に把握しておくことが必要だ。そして『裏切り者(クロ)』にならないよう監視することもね。そのために時々、第三者が任務の様子を観察して報告するという任務がある。それが評価任務だ」

「そんな……ことが」


 怪しげな笑みを浮かべるアランドに恐怖を感じる。

 やけにケイたちのことを知った風だった彼は、事前に政府から情報を渡されているのだと考えていたがそれだけではなかった。

 スピリストは政府に見張られている。

 色違いでなくても同じだ。スピリストは皆、手首に貼り付いた金色の枷から逃れることなどできない。政府につけられた首輪を外そうとすれば、『裏切り者(クロ)』として裁かれるだけだ。

 絶望に全身が震えた。そんな彼女を慰めるように、アランドの大きな手が頭に触れた。


「彼らは俺のことは知らないよ。もちろん危害を加えるようなことはしていない。ああでも、前に一度スゥが室長と電話していたときに顔を見られたか」


 ユウナの髪を梳くと、アランドは彼女から手を離す。そっと微笑むと、思い馳せるように視線を斜め上に向けた。


「決して長い時間見ていたわけじゃないけど、それでもよく分かったよ。彼らはきみを含む色違いの仲間を取り戻したくて、この世界に飛び込んだんだ」

「あ……」


 ユウナは小さく声をあげる。何かに気付いたかの表情だった。


「……それは知っているわ。あいつらはばかだ、色違いでもないのにわざわざ巻き込まれてって、スゥがとても怒っていたから」

「そうかい。あの子ならそう言いそうだ」


 切れ長の目を細めると、アランドは小さく笑った。何が面白いのか分からず、ユウナは顔を顰める。


「まぁでも、俺は俺の目的があってスピリストになった。だからこんな理不尽な世の中でも、『絶対にそうだと決まっている』未来というものは存在しないんだと、そう思っている」

「そんなこと……」

「思えないか、そりゃそうだね色違い。だけどそれが運命だって諦めるのか? きみだって未練がましく彼が好きなんだろう? ほかの誰かに取られたくないと思っているんだろう?」

「……それは」


 ユウナは顔を赤らめる。

 アランドの言う通りだ。まさに自身が最も恐れていたことを、精霊の幻の中で見せられたのだから。


「恥じることじゃない、ひとは強欲だ。だからこそこれほどまでに発展してきたんだから」


 高らかな声だった。アランドは手にしていた魔力石をユウナの前に突き出す。二人を守る結界を紡ぐ石は眩い光を放っていて、ユウナは思わず目元を片手で隠した。


「俺たち研究員は精霊石や魔力石、精霊の生体についても研究している。精霊は生命としては中途半端で、そのくせ半永久の命を持ってるという訳の分からない存在だ。何度仮説を立てても簡単にひっくり返されて驚きの連続さ。何が存在していたって、何を言われたって、それがあり得ないとは言い切れない」


 アランドの早口を遮るように、ぱきりという音が響いた。

 魔力石にひびが入っている。魔力が軋む気配とともに、頭上を走る衝撃が激しくなった。

 顔を上げると、彼らを包む魔力が薄くなっていることに気付く。好機とばかりに強い霊力が迸ると、精霊が水を叩き付けてきた。


「見なよ、きみと同じ『水』と俺と同じ『幻』の力を持った精霊だ。こうやって正面から対峙すると、本当に奴の霊力は俺たちの魔力によく似ている」


 精霊石が輝く右手を持ち上げると、アランドは精霊を指差した。

 ユウナも左手を精霊に向かってのばした。二人の精霊石が放つ光は、結界の外で舞い踊る水にきらきらと反射して眩しい。


精霊人間(スピリスト)は精霊を意味する言葉と人を意味する言葉をくっつけて生まれた造語。精霊とよく似た異能力者たちの総称だ。こんな小さな石ひとつで簡単に力を得ることができるなら、ひとがもっと何かを手に入れたい、何かを変えたいと夢を見るのも無理はない」


 言うと、アランドはどこか切なげな顔でユウナを見た。憐憫さをも感じるその眼差しに、ユウナは思わず身体を竦めた。


「あなた……一体何を言って……」

「忠告だよ。きみも仲間が大切なら、もし政府を裏切るようなことを(そそのか)されてもやめたほうがいい」

「え……?」

「きみたちは危うい。お互いが大切だからこそお互いに縛られている。もしそれでも裏切るなら何もかも捨てるか、いっそ全員でそうすることをおすすめするよ」


 アランドの静かな言葉が、ユウナの全身に浸透するようだった。悲しみと絶望に揺れて溢れ出しそうだった心に複雑に絡みつき、離れない。


 大切なものは何か。ユウナは心の中で自問する。


 涙はもう流れなかった。唇をきゅっと引き結ぶと、ユウナは顔を上げた。


「アランドさん……私は」


 言いかけたユウナを、鈍い轟音が遮った。

 頭上を見ると、精霊の攻撃に耐えられずに結界が軋んでいる。ぱきぱきと砕けるような音が混ざると、結界越しに精霊と目が合った。

 精霊は邪悪に笑う。ユウナは精霊を睨みつけた。


「おしゃべりは終わりだ。都合の良い夢を諦めたくないならこれを倒さなきゃ」

「――はいっ」


 ユウナは高い声をあげると発動を強めた。

 水流を纏う手足はまだ震えている。

 不安も、恐怖も、絶望も消えたわけではないけれど、精霊から目を逸らすことはもうしない。


「……でも。ひとつだけ訂正させてください。アランドさん」

「なんだい?」


 ふと、静かだがはっきりとした声で言ったユウナに、アランドは怪訝そうに答える。

 精霊をまっすぐに見据えたままのユウナの口元は、淡い笑みが浮かんでいる。


「私は……私はやっぱり、ひとりじゃない」


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