表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/258

7-43 ユウナの覚悟


「そういうことだ。俺も死にたくないし、全力でサポートする。頼んだよっ」


 言い終わる前に、アランドは何かに気付いて床を蹴った。一瞬遅れてユウナもその場から跳ね退くと、二人がいた場所に水球が叩き込まれる。絨毯が破れ、砕けた床の瓦礫が水とともに飛び散った。

 可憐な少女の姿をした精霊は両手を大きく広げている。ガラスのように透き通った瞳でユウナを捉えると、口が裂けるほど大きく開いて水が噴き出した。


「アランドさん、私から離れてっ!」


 叫ぶと同時に、ユウナは広い室内を駆ける。精霊の放った水は壁や床を破壊しながら、ユウナの背を追っていく。

 床を強く蹴り、宙を旋回する。その動きに合わせて大きく弧を描いた水に向かって、ユウナもまた水を放った。

 正面からぶつかり合った水流はまた相殺され床に飛び散った。もはや雨に濡れたかのように水浸しだ。

 着地すると、ユウナは精霊を睨みつける。精霊もまたユウナをじっと見ていた。


 アランドは部屋の隅に移動していた。攻撃能力を持たない彼は、精霊に真っ向から立ち向かうことは難しい。それ以前に、濡れて足場の悪い室内では下手に動くことすらできないでいた。

 アランドの精霊石が光る。直後、彼の姿は掻き消えた。幻惑能力を併せ持つ精霊にどこまで通用するかはわからないが、足手まといにならないための目くらましだ。


「攻撃に徹しろ。幻惑を使う暇を与えるな!」

「は、はい!」


 どこからか聞こえるアランドの鋭い声に、ユウナは手を掲げて水を放った。精霊もまたそれを軽く避けると、お返しと言わんばかりに攻撃を放ってくる。

 二人がお互いの攻撃を避けるたび衝撃音が響き渡り、室内に大穴が開いた。どちらも高い攻撃力を持っている。ほとんど互角のようだ。

 ユウナは唇を噛む。同属性同士の衝突は概ね魔力や霊力の絶対量によって勝敗が決まる。未知数の相手を前に恐怖が溢れるが、必死にそれを抑え込んだ。

 精霊の口がまた大きく開く。洪水のような水が噴き出すと、ユウナはまたそれを避けた。

 着地し体勢を整える。攻防を続けようとしたところで、またどこからかアランドの声が響いた。


「上だ!」


 振り仰ぐと、先に避けた水が宙で生き物のようにねじ曲がり、ユウナの頭上から迫ってきていた。


「きゃあっ!」


 思わず悲鳴をあげながらも、ユウナは横に跳んで水を避けた。直後、ユウナが立っていたところに水が叩き込まれると、跳ねた水滴がユウナの頬をかすめた。


「痛っ」


 頬に刃物で切られたような痛みと熱が走る。思わず顔を顰めて頬に触れると、指先が赤く染まっていた。床を見ると、水が落ちた赤い絨毯から煙が上がっている。


「溶けている!?」


 ユウナは痛みと恐怖に目を見開いた。ほんの少し水に触れただけの頬は、火傷をしたかのようにじくじくと痛む。直撃した床は濡れながら黒く焦げて穴が開いていた。まるで溶解液だ。

 精霊は大口を開けると、不気味な笑い声を響かせた。

 精霊が手を掲げると、床にぶちまけられていた大量の水が浮き上がる。ふわふわと漂う水滴はやがて精霊のもとに吸い寄せられていき、大きな塊になった。

 水は粘土のようにぐにゃぐにゃと変形すると、大きく手を広げるようにしてユウナに迫ってきた。ユウナを捕えようとしているようだ。

 もしこの水が先ほど床を溶かしたものと同じならばひとたまりもない。ユウナは一度後退し、攻撃を放つと水は真っ二つになる。しかし別れた水は蠢きながら集約し、元に戻ってしまった。


「どうしたら……えっ?」


 言いかけて、ユウナはぎょっとして動きを止めた。いつの間にか精霊の後ろに、ピンク色の長髪の少女が立っているのだ。


「わ、私……!? アランドさん?」


 それは紛れもなくユウナの姿だった。目の前にもう一人の自分がいることにユウナは戸惑うが、すぐに気付く。おそらく幻影、アランドの能力だ。

 精霊は後ろを振り返る。ユウナに迫っていた水はすぐさま後退し、精霊のもとに舞い戻った。もう一人のユウナに標的を変更したようだ。


 精霊はユウナに背を向けている。好機だ。


 ユウナの長髪が、練り上げられた魔力に大きくはためく。彼女の周りに大量の水が生まれ、激しく渦巻いた。

 大量の魔力を消費することになるが、長期戦になると不利になるのはおそらくユウナの方だ。

 魔力とともに、ありったけの勇気を全身からかき集める。

 唇をぐっと引き結ぶと、ユウナは精霊に水を放った。

 水は精霊の小さな背中に命中すると、精霊の身体は吹き飛び、壁に叩き付けられた。


「グアッ……!」


 精霊の呻き声があがると同時に、ユウナは駆け出していた。

 大量の魔力を込めた攻撃を連続で使うことはできないため、手に水の刃を纏う。

 狙うのは神を模した像。その胸元にあしらわれた魔力石だ。

 ずるずると床に倒れた精霊の横を通り過ぎると、ユウナは腕を振りかぶる。

 振り下ろした水の刃は、見えない何かに阻まれて像には届かなかった。


「結界!?」


 堅いものにぶつかった音が響く。

 像の周りの空気が歪んだのを感じ取ると、ユウナは反射的に飛び退る。

 ユウナが一回転して着地した音に反応したのか、精霊の背中がぴくりと動く。

 ユウナが振り向いたのと同時に、精霊は顔を上げた。

 水のように透き通った瞳がユウナを捉える。直後、強烈な耳鳴りがしてユウナは思わず頭を抱えた。


「しまった、それの目を見るな!」

「きゃああっ!」


 アランドの焦った声が聞こえた気がしたがもう遅かった。さらに強い頭痛に襲われると、ユウナの視界は一気に暗転した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ