2-2 藍色の少年
列車を降りるとそこは、とても美しい町の真ん中だった。
この「ヤナギ」の町は広大な土地を持ち、農業、工業ともに発達した大きな町である。都心部分には住宅地やオフィス街が立ち並び、他の町からの来客も多い。そのため、内陸の方からも細かく通じる列車は最たる移動手段であり、一日に何本も様々な町を行き来している。
やや駅周辺に集中しているらしいが、見渡した視界の中で多くの建物が密集している。田舎育ちのケイたち三人にとっては、どれも珍しい光景ばかりだ。
色々なものに出会える旅はやはりいい。それほど長いわけではないこの生活でさえ、目にしたものに何度気分が高揚したことか。
駅のホームを後にする前に、早速辺りをぐるりと見渡してみる。駅はやや高めの場所にあるらしく、視界が開け放たれている。吹き抜ける風は強めだが、冷たくて気持ちいい。
「あ、きれいな鳥さんも飛んでる!」
ナオは甲高い歓声をあげる。
そちらを見ると、真っ白なつがいの鳥が上空を旋回している。眩しさに目を細めながら、ケイも口元に笑みを浮かべた。
二人と同じようにきょろきょろとしていたハルトだったが、ふと遠くの方に目を留めると、その表情が好奇心にきらめいた。
「お、あれ見ろよ! 風車があるぜ」
「ほんと? どこどこっ」
すかさずナオが駆け寄ってくる。まるでウサギさながらに素早い動きだ。
ハルトが指さした先、町の中心を外れた広い高原に、白い風車がいくつも立っていた。
遠目に見てもずらりと立ち並ぶそれは三枚の翼が絶えずくるくると回っており、見るものの興味を引きつける。設計も景観を損なわないよう配慮されているのだろう。さらに奥には僅かに海も見えている。
小さく見える風車も、実際近づいたらとても大きいのだろう。密集した住宅地とは反対に、風車のために広大な土地が確保されているようだ。思い知らされるようにまた冷たい風を感じて、ナオは髪を押さえながら瞳を輝かせた。
「あれが風車! あれって確か風で電気を起こしているんだよね?」
「うん、風力発電だね。この町は列車も人も多いし電気が多くいるらしいって聞いたよ」
「へぇ……」
追って、ケイも腕を組んで感嘆の声を漏らす。
「ってそうじゃねぇよ。景色はまた後回しにしてさっさと支部に行かなきゃなんねぇし。朝の電話じゃ、俺たちはまだ任務の詳細を聞かされていないだろ」
「ちぇー、お堅いなぁケイくんは」
「任務は仕事だろが」
「ぶー。まぁいいや、とりあえず駅出よか。たぶんそろそろ次の電車来ちゃうし混むよ」
言うと、ハルトはさっさと出口に向かって行く。口調とは裏腹に、実に行動が早い。
この気まぐれが。などと悪態をつきそうになったケイだったが、ハルトの言うとおり次の列車が駅に入ってきた。ずいぶんと早いペースでダイヤが流れているようだ。ケイも足早にハルトを追う。
「行くぞ、ナオ」
「あ、うん待ってー……きゃっ」
「え?」
ケイは嫌な予感がし、振り返ったがすでに遅かった。溢れる乗客に紛れ、背の低いナオの姿は見えない。しかも何だか悲鳴が聞こえなかっただろうか。
「って、おいおいナオ……うわっ」
ケイはとって返してナオの捜索を試みるが、人の波にもまれ思うように前に進むことができない。体格差があるせいで大人に何度も弾きとばされそうになる。
もたもたとしているうちに、ようやく乗客は大方去っていった。ケイは水の中から這い出たかのように大きく息を吐くと、慌ててナオの姿を探した。
「ナオどこだ、無事かーっ……え?」
言って、ある一方向を向いた瞬間、ケイは固まった。
ナオは停車中の列車の車両真ん中辺りを背に、きょとんと目をぱちくりさせながら立ち尽くしていた。
そして彼女がわずかに上に向けている視線の先には、見知らぬ少年が立っていたのだ。
艶やかな黒い直毛がさらさらと揺れる。少年はナオの手首を掴んだ状態でナオと向かい合っていた。
「だいじょうぶ?」
少年は優しく問いかける。澄んだ水を思わせる青い目がわずかに細められ、まるで少女のようなたおやかな笑顔を浮かべた。
驚きつつもナオが小さく首肯すると、少年は安堵の表情を見せる。すると今度は空いている方の手で、するりとナオの髪をすいた。
「あんな人混み、きみみたいな可愛い女の子には危険だよ。無理しないで待った方がいい。俺にはきみが怪我をするのなんて耐えられないよ」
「ほ、ほえ……あ、ありがとうございます」
ナオは半ば呆然としていたが、少年は構わずにこりと笑う。
彼の手がナオの髪から頬へと触れそうになったときには、さすがのナオも振り払うようにして深くお辞儀をし、少年の脇をするりと抜けた。
「あ、ケイッ」
「え、ああ……」
そこでやっと、こちらも呆然と立ち尽くしていたケイに気づいたナオは高い声をあげる。駆け寄ってきたナオを見てようやく石化状態から我に返ると、ケイは顔を思い切りひきつらせた。
「なぁんだ、野郎連れか」
黒髪の少年はやれやれと肩をすくめた。
歳の頃は同じくらいに見える。先ほどとは打って変わって、彼は見るからに挑発的な視線をケイに向けた。
「それにしたって、女の子にこれくらいの気遣いもできないなんて。お前モテないだろ」
「は、はぁ?」
少年はそう吐き捨てると、ケイを睥睨する。含み笑いで勝ち誇ったかのような不快な口調に、ケイは戸惑いつつも応戦の体勢をとっていた。
「てめぇ何なんだよ。俺たちに何の用だ」
「別に? お前なんかに興味ねぇよ。その子が目の前で転けてしまいそうだったから助けただけ。俺はお前に構ってるほど暇じゃないよ。じゃあな」
噛みつくケイを少年は鼻で笑うと、そのまますたすたとケイの横を通り過ぎる。
少年の左の手首にあった青い小さな石が、威嚇するかのように鋭く光った。
出口へと消えていった少年の後ろ姿を、ケイとナオは並んでじっと見つめていた。




