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7-34 置いていった過去


 辺りに霊力が充満するのを感じ、ケイはなんとか目を開けようとする。しかし辺りを包む光の眩しさに阻まれ、何も見えなかった。


「くそっ……!」


 身動きが取れず、ケイは舌打ちをする。魔力は感じるため、ナオとハルトが近くにいることだけは分かった。レンカやツボミを捉えようと懸命に辺りを探るが、彼女らの気配は忽然と消えていた。

 ケイは焦る。この無防備な状態で不意打ちをされれば対応できるか分からない。ツボミは消耗していたとはいえ、彼女らの持つ魔力石の力は未知数だ。

 発動を強めると、ケイは身体を冷気の膜で覆う。敵意を持った魔力に触れたとき、少しでも早く反応できるようにするためだ。


「…………」


 しかし身構えるケイが、何かに攻撃されることはなかった。

 やがて光が少しずつ弱くなっていき、辺りに色がつきはじめる。まだ明順応を完了させていない目で、懸命に辺りを見渡す。

 緑と青。そして白。やけに鮮やかな色が見える。

 先ほどまで見ていた屋敷の廊下にはこんなにも色がなかった。徐々に輪郭がはっきりとしていく辺りの景色に、ケイは息を呑んだ。


「な……なんだ、ここは……!?」


 目を大きく見開きながら、ケイは上擦った声をあげる。

 踏みしめていたのは、固く冷たい廊下ではなく鮮やかな緑の草原。頭上には天井ではなく抜けるような青空が広がり、風が爽やかな草木の匂いを運んできた。


「ナオ、ハルト!」


 慌てて振り返ると、二人は同様に立ち尽くしていた。狼狽えながら、それぞれきょろきょろと辺りを見渡している。しかし彼らがケイに目を向けることはない。


「お、おい! お前ら大丈夫か!?」


 様子がおかしい二人に、ケイは駆け寄る。二人は近付いてくるケイではなく彼を通り越したところに目を向けて驚愕の表情を浮かべていた。


「おい、ナオ……」


 ナオの肩に触れようと手をのばしたところで、ケイは動きを止めた。背後から幾人かの声が聞こえてきたのだ。


「な……」


 身体を強張らせながら、ケイはゆっくりと後ろを振り返る。

 聞こえてきたのは幼い子供の声だった。それも以前聞いたことがあるものだ。

 口元を覆っているナオを一度見やると、ケイは彼女を背に庇うようにして前に立つ。

 さわさわと草木が揺れる音が、子供たちの声を包み込むかのように穏やかに響く。


「ここ、まさか……」


 額から汗が一筋流れ落ちる。

 ぽつりと呟くケイの視界の奥の方で、小さな人影がいくつも踊っていた。


「よっし、初等学校(アカデミー)までみんなで競争しようぜっ」


 甲高い声が聞こえてくる。ひときわ楽しそうに跳ねているのは、十歳ほどの金髪の男の子だ。いつの間にか人影の姿がはっきりと見えるようになっていて、ケイはついに言葉を失った。

 人影は全部で六人の子供だった。全員が同じくらいの年齢のようだ。

 男の子に応え、明るい笑い声があがる。一番小柄な茶髪の女の子が元気よく手を上げた。


「うん、かけっこだね! 私負けないよっ」

「え、ええ……ぜったい私が一番遅いよ……」


 ひときわ目立つピンク色の髪の女の子が俯く。それを見た金髪の男の子は目を瞬かせるが、彼の勢いは止まらないようだ。

 今にも飛び出しそうな茶髪の女の子と、彼女の隣にいた茶髪の男の子を見て、金髪の男の子は手を上げる。


「よし、じゃオレら三人で競争するから、後でゆっくりついて来てよ。行くぞ、ケイ、ナオ!」

「ええ、俺かよっ!」

「いいから、お前ら足速いじゃん。行くぜっ」

「あっ、ずるいぞハルトっ! 待てよっ」


 金髪の男の子を筆頭に、名指しされた二人の子供が駆け出す。あっという間に遠ざかって小さくなっていく彼らの姿を、残った三人の子供たちが並んで見つめていた。


「……な……な……」


 彼らのさらに後ろで立ち尽くしていたケイは、驚愕のあまり口をぱくぱくと動かしていた。

 走り去って行った子供たちは他ならぬケイの仲間たち、そしてケイ自身だった。それも皆まだ初等学校(アカデミー)に通っていた頃の幼い姿だ。そして今周囲に広がるのどかな景色は、少し前まで仲間たちと過ごした故郷の町のものだった。

 ケイは混乱する頭をどうにか落ち着かせようとして、子供たちから目を逸らすと自身の身体を見る。見慣れた手足や服装はそのままで、十三歳のケイは間違いなくそこに立っていた。


「いやちょっと……えっと、一体どういうことなんだ……?」


 頭をがしがしと乱暴に掻くと、ケイは仲間の姿を探す。いつの間にか十三歳のナオとハルトはそこにいなかった。眩い光に包まれるまでは確かに彼らの魔力を感じていたというのに、今はそれすらも忽然と消えている。

 ケイはあてもなく手を彷徨わせる。しかし、何にも触れることはない。ただ穏やかな風と草の匂いが指の間を通り抜けただけだ。

 絶望を感じながらも、ケイは状況を整理しようとする。

 反政府組織を名乗る人物(レンカ)が魔力石を使った直後、ケイはひとりでここにいた。


「……幻か」


 思わず口にするが、そうとしか考えられなかった。魔力で対象を包み込み、閉じ込めて幻惑に陥れる。結界を扱えるレンカとツボミなら可能なはずだ。

 心が少しずつ落ち着いてくると同時に、怒りがふつふつと湧きあがってくる。ケイは舌打ちをすると、いつの間にか解いてしまっていた発動をする。

 氷の槍を構える。しかしケイの持つ突破力では結界を破れるかどうかわからない。

 目の前の景色はずっと変わらない。走り去った自分たちではない、三人の子供たちが佇んでいる。

 真ん中にいるのはピンク色に少し青色が混ざった長髪の女の子、ユウナだ。その両隣に、黒髪の男の子、スゥと、背の高い緑髪の女の子が並んでいた。


「スゥ、ユウナ……チヒロ!」


 ケイは思わず彼らの名前を口にする。三人はケイに気付く様子もなく、どこか寂しそうに遠くを見つめていた。

 先ほど幼いケイたちに置いて行かれたからだろうか。そう思うとケイは申し訳ない気持ちになる。

 しかし、現実はケイを置いて行ったのは残った三人の方だ。もちろん、それは彼らの意思ではないが。

 切なげに目を細めたそのとき、ケイの耳に聞き覚えのある若い女の声が届いた。


「――あなたも、哀れな色違いを政府から助け出したいと思うでしょう?」



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