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7-33 子供の持つ力


 彼らが元来た方向から、こつこつと固い靴の音が近づいてくる。

 歩く動きに合わせ、暗い色の髪が優雅に揺れ、やがてケイたちから少し離れた位置で立ち止まる。いつの間にかいなくなっていたレンカだった。

 レンカは腕を組むと、その口調に劣らない冷たい目をして、苦しむツボミをじっと見下ろしている。


「もう少し良い働きをしてくれると思っていたのに。結界は崩れかけているし、あなたはなんてザマなの」


 心底不快そうに顔を歪めると、レンカは言い放つ。ツボミは彼女を上目遣いに見上げると、痙攣する両手を握りしめた。

 ツボミの両手に嵌められた指輪からまた霊力が噴き出す。レンカはその余波を受けないようにするためか、ツボミに近づこうとはしなかった。

 ツボミはもはや言葉を発する余裕がないのか、ただ俯いて唇を噛みしめる。代わりのように、気付けばケイは声を荒げていた。


「おい! やっぱりお前結界のこと何か知ってたんだなっ!」


 言い終わらないうちに、ケイは飛び出した。不機嫌そうに目を向けてきたレンカに詰め寄ろうとしたが、突如として何かに阻まれて近づけなかった。


「なんだっ!?」


 まるでレンカの前に見えない壁があるかのようだった。ケイは跳ね返されるように後ずさると目を見開く。

 直後、強い霊力を背後から感じて振り返る。レンカがケイに向かって片手をのばしていた。


「小汚い子供(がき)が……代表に触るなっ!」


 掠れた声でレンカは叫ぶ。すでにかなり消耗しているはずなのに、必死に半身を起こす彼女の形相は鬼のようだった。


「ケイ! 大丈夫かっ!?」


 ツボミのあまりの迫力に動けずにいたケイに、ハルトとナオが駆け寄る。


「あ、ああ。それより今俺がぶつかったのは」

「うん、あれは結界だ。しかも屋敷のと全く同じ気配」


 頷くと、ハルトは目を吊り上げる。三人の鋭い視線がツボミに向けられた。


「……やっぱりこの屋敷の結界、操っていたのはあんただね。どういうつもりだ」


 ハルトはゆっくりとツボミに近づき、彼女の額に剣を突きつけた。

 言いつつも、スピリストでない彼女がこんな大きな屋敷を包む結界を作り出したということがにわかには信じられなかった。

 しかし思い出してみると、これまでにツボミは何度も手を組むしぐさをしていた。ただの癖なのかと思ったが、指輪の力を操って何かをしていたのだろうか。

 そう考えたところで、ハルトはぎくりと顔を強ばらせる。

 赤と青、それぞれの魔力石の色が明らかに濃くなっている。その輝きはもはや目映いを通り越して毒々しい。光は脈打ち、ゆらゆらと揺れている。


「代表、申し訳ありません……っ」


 ハルトを無視し、ツボミは絞り出すように言う。直後、うなだれると再び苦しみ始めた。

 レンカは答えない。悶えるツボミから興味なさげに視線を外すと、髪をかきあげた。


「おいお前! 何するつもりだったか知らないけど、こいつの指輪を外させろ!」


 ツボミに剣をつきつけたまま、ハルトが苛立ちながら叫ぶ。彼に睨みつけられたレンカは意外そうに眉をひそめた。


「聞いてんのかっ! 組織だか何だか知らないけど、こいつはおまえの同志なんだろ!? 見殺しにする気かよ!」

「……この状況でツボミの心配? 呆れるほど甘いわね、愚かしい」


 レンカは嘲笑(わら)う。くすくすと不快な笑い声が、ツボミの呻き声に混ざって不協和音を奏でた。

 頬に冷たい風が触れたのを感じて、レンカはそちらに目を向ける。

 再び距離をつめてきたケイが、今度こそレンカに氷の槍を向けている。迸る冷気に服と髪が小刻みに煽られる彼の顔をじっと見ると、レンカは目を細めた。


「それで? あなたは私たちが結界に関わっていると思いながらのこのことついてきたというの?」

「何言ってやがる。あんな状況で現れた奴、最初から信用なんかするわけねぇだろ」

「あらそう。じゃあどうして?」


 レンカは首を傾ける。ケイが彼女に応えるより早く、今度は別の方向から熱波を感じてレンカは振り返る。ナオが火球を手の中に、今にも放たんと身構えていた。


「そんなの、ユウナを探すのに必要だったからだよ! 仲間を大切にしないあなたには分からないっ!」


 ナオの高い声が響きわたる。

 熱と冷気で巻き起こる風にスカートを靡かせながら、レンカは今にも飛びかからんばかりの三人を順番に見やる。最後にケイを見て、彼女は動きを止めた。

 まばたきもせず、レンカはじっとケイの目を見続ける。

 しばらくの沈黙のあと、レンカはわざとらしく大きなため息をついた。


「……あなたは子供ね、本当に」


 息を吐ききると、レンカは俯く。

 低く小さな声で、ひとりごちるかのように言った。


「けれど子供は純粋さと想いの強さゆえに、ときに想像以上の力を発揮し、書き換えて、覆す。だから未来を完全に見通すことはできない。たとえそれがどんなに決まった運命(みち)であったとしても」

「……てめぇ、何言って」

「あなたのような子を探していたのよ。そうでなければ私たちもわざわざ姿を見せたりしない。できるだけ穏便にすませたかったのだけれど、もう時間がないわ」


 レンカは邪悪に笑う。それにケイは思わず発動を強めると、彼女が一般人ということも忘れ、氷の槍を振り上げた。

 ケイが飛び出すより一瞬早く、レンカは懐から何かを取り出す。

 ケイの精霊石の光を反射したそれは、小さな青い石だった。


「魔力石……!?」

「――代表、今です……っ!」


 ケイが目を見開いたのと同時に、背後から小さな声が聞こえてくる。ツボミの声だ。


「しまった!」


 ハルトは振り返ると、ツボミに再び剣を向けようとする。レンカに気を取られて彼女から目を離していた。

 それよりも早く、ツボミは震える手を懸命に持ち上げ、両手を組む。

 かちん、とふたつの指輪がぶつかった音がする。とたん、魔力石が鋭い光を放った。


「うわっ!」


 ハルトはあまりのまぶしさに目を瞑る。瞬く間に溢れた光が、その場にいる全員を呑み込んだ。



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