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7-32 駆け巡る稲妻


「……あれは」

「魔力同士が……ぶつかり合ってる!?」


 ハルトが甲高い声をあげると、また頭上で衝撃音が響く。

 今度は明らかに稲妻のような光が弾けた。室内なのに雷が発生したかのようだ。

 それを最後に、風は少しずつ弱くなっていく。火花はもう見えなかった。ハルトは剣の盾を消すと上を見上げる。

 頭上でぎしぎしと何かが軋むような音がしている。


「この結界……もう壊れかけてないか?」


 ケイは天井を睨みつけたまま呟いた。


「ああ。というか、何に一方的に攻撃されてたような感じがするんだけど……」


 屋敷を包む魔力の膜がどんどん薄くなっていく。ケイとハルトが訝しげな顔を見合わせたとき、背後からまた鋭い悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあああああっ!」

「メイドさんっ!?」


 ナオが勢いよく振り返ると、そこには力なく床に倒れ伏しているツボミの姿があった。


「だ、だいじょうぶ!?」


 三人は再びツボミに駆け寄った。

 じっとりと頬に貼り付いた髪の隙間から見える彼女の目は大きく見開かれ、苦悶の表情で喘いでいた。

 指輪は変わらず光り輝いている。思わずハルトはそちらに向かって手をのばした。

 もうそんな力も残されていないのか、今度は抵抗されることなくツボミの手首を掴む。しかしその直後、ハルトは全身を駆け抜けるような鋭い痛みを感じて手を離した。


「いてっ!」


 たまらず触れた手をもう片方の手で覆う。感電したかのように指先が痺れ、思うように動かせなかった。


「どうしたのっ?」


 顔をしかめるハルトの腕に触れると、ナオは彼を心配そうに覗きこむ。

 ハルトは彼女を振り返ることなく、警戒に満ちた目でツボミを睨みつけていた。


「何やってるんだ。スピリストでもないくせに」

「…………!」


 ハルトが低い声でそう言うと、俯いたままのツボミの髪がぴくりと揺れる。

 荒い呼吸を繰り返しながら、ツボミはゆっくりと顔を上げた。

 そのあまりの形相に、ナオは短い悲鳴を漏らした。ハルトはようやくまともに動くようになった腕で、彼女を背後に押しやった。


「どういうこと? メイドさん……」

「近寄るな。こいつの身体にものすごい量の魔力が流れてる……」

「うぐっ……ぐああ……!」


 背後に目を向けて言いかけたハルトを、うめき声が遮る。

 歳若い女性が発したとはとても思えないほど低い声だった。見ると、ツボミの身体は細かく痙攣し、床に額を打ちつけてのたうち回っている。


「おい、指輪が……!」


 ケイが声を張り上げる。

 ツボミの手にはめられた二つの指輪は、さらに光を強めている。同時に、彼女の全身から吹き出すように強大な魔力が溢れた。

 薄暗い室内を明るく照らす指輪は、精霊石と同じ魔力を帯びた石だ。まるで意志を持った生き物のように脈打ち、そのたびにツボミが苦しそうに暴れ回る。


「まさか……生身の人間の身体に、大量の魔力が流れてるってことか?」


 呆然としながら、ケイはそう呟いた。

 少しの間動きを止めた三人だったが、すぐにその言葉の意味を理解して息をのむ。

 魔力で身体を強化し戦うスピリストでも、これほど強力な魔力を扱うには大きな負担がかかるはずだ。ツボミのか弱い身体は、いつ粉々に弾け飛んでもおかしくない。


「やべぇ、今すぐ指輪を外させろ! 死んじまうぞっ」

「わかってる! オレが押さえとくから早く……」


 床を這いまわるツボミの左腕をハルトが押さえつけると同時に、ケイは指輪に手をのばそうとする。

 二人の精霊石が鋭く輝くと、彼らの魔力が強まった。


「ちょ、二人とも触ったらあぶないよっ」


 ナオがひっくり返らんばかりの声を張り上げるが、ケイもハルトもそれくらいのことは理解していた。

 膨大な魔力をまとった相手に直接触れることは危険だ。だからせめて最大まで自身の魔力を強めて身を守ろうとしていた。それに気付くと、ナオも一気に発動を強めた。

 ケイの指先が指輪に触れた。直後、魔力同士が衝突し衝撃音と突風が巻き起こる。三人はまとめて吹き飛ばされた。


「うわぁっ!」

「きゃあっ!」


 大きな音をあげ、背後の壁に叩きつけられる。

 幸い能力を強く発動していたこともあり、大した衝撃ではなかった。ひっくり返ってしまいながらもすぐに体勢を立て直すと、再び奇声をあげながら暴れ出すツボミを睨みつける。


「……今の気配、なに?」


 ナオは震え上がる。

 顔を歪めるツボミの姿を見つめながら、無意識に口元を覆った。

 ツボミとケイの魔力が衝突した瞬間、明らかに異端な気配を感じたのだ。

 それは強力というよりも、異端だった。そしてそれは、三人ともどこかで感じたことがある気配だった。


「今の……魔力じゃない。どっちかというと霊力の気配じゃないか?」


 氷の槍を手にして、ケイは言う。ハルトも剣を構えて頷いた。


「オレもそう思う。ってことは、まさかあの女は精霊なのか?」

「そんな、私には人間にしか見えないよっ」


 戦闘態勢を整えるケイとハルトに、ナオは戸惑う。相手が精霊ならば容赦はしないが、人間を攻撃するわけにはいかない。


「でも、今のではっきりわかった。あの女……いやあの指輪か。この屋敷を包んでいる気配と同じだ。おまえ……!」

「――何をしているの」


 そのとき、ツボミの獣のような悲鳴を両断するかのような冷え切った声が辺りに響いた。



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