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2-1 次の任務へ(☆)

挿絵(By みてみん)


キャラクターデザイン、絵:meena

2章本編スタートです。

どうぞ宜しくお願い致します。



***


 心地よい振動を繰り返しながら、六両ほどの短い列車が大地に敷かれたレールを順調に滑る。

 次々に移り変わって行く窓の外の風景はとても美しく、乗客を退屈させない。目的地へと向かい、海を見町を見、川と高い橋の上を越えて、トンネルは山を突き抜ける。晴れの日も曇天の日も、雨の日でさえもまたそれぞれ違った景色を描き出すのだから、いつかそれも楽しんでみたくなる。

 事実、ナオは朝から数時間電車に揺られていても、飽きることなく窓に貼り付いては時々歓声をあげ、うれしそうに笑ってはしゃいでいた。


「ねぇねぇケイ、トンネル抜けたよ! 見て見て、なんかだんだん都会になってきた!」

「あー……?」


 対照的に寝ぼけ眼を擦り、ケイは気だるげにあくびをかました。

 揺れにあっさり眠気を誘発されたケイは頬杖をついてうとうとしていたところ、逆の腕に飛びついてきたナオに体をぐいぐい引かれ、危うく座席からずり落ちそうになった。

 ようやく覚醒しぱっちりと開いた目に、「早く早く」とにっこり笑っているナオの顔がアップで映る。 思わず今度は驚いて仰け反るが、彼女に腕をがっちりと掴まれていたのでそれはかなわなかった。

 そうしている間にナオはケイの手首と手をそれぞれ両手で握ってまで促してくる。端から見ればそれは非常に仲睦まじい二人の構図だった。


「……へ?」

「ね、ケイ! ほら外きれいだよっ、一緒に見ようよ!」


 ナオは再三言いつのると、明るく可愛らしい笑顔を咲かせた。


「へ? ちょ、ナオ……」

「あら、可愛いカップルねぇ」


 徐々に状況を理解して固まりつつあるケイの背中に、とどめと言わんばかりに他の乗客の声が投げかけられる。ケイは今度こそカキンと凍りついたように動きを止めた。

 壊れたロボットのようにぎこちなく振り返ると、斜め後ろの座席に座る女性数人がにこやかにこちらを見ている。よく動きそうな口元を綻ばせ、今にも身を乗り出さんばかりの勢いだ。

 失礼ながら見るからに噂好きそうなマダムたちの好奇の目に、ケイはついに顔を真っ赤に染めた。

 ばっと目を逸らすと、またしても「あらかーわいーい」だの、「まだまだ初々しくていいわねぇ」だの、「これがあと何年かしたら男ってのは……」だの、もはや隠す気もなさそうな小声がぽんぽん飛び交う。

 ケイは押し殺した唸り声をあげながら頭を抱えた。今すぐ列車を降りて川にでも飛び込んでしまいたい。切実に。


「ケイ? どーしたの顔赤いよ。頭痛いの?」

「ちげぇよ……」

「じゃあ歯が痛いの?」

「ちげぇよ。お前もうどっか痛いのから離れろ……」


 ナオはきょとんと首を傾げていた。的外れな見解ばかり投げかけてくる彼女は全くもっていつも通りで、ケイだけが一人うろたえていた。

 徐々にケイも落ち着きを取り戻していく。目の前のこの少女とは長い付き合いなのだ、先のことも彼女にとっては特に何も意味はなく、ただじゃれついていただけだ。

 ナオは昔から興味のあるものを見つけると一目散に駆けて行ったり、仲間たちを拉致する勢いで引っ張っていったり抱きついたりと、活発を通り越していささか危なっかしいところがある。ケイはたびたびそんな彼女に振り回されているのだ。


「ぷくく……くっくっくっ……」


 ふと、もう我慢できないと言わんばかりの低い笑い声が響く。ケイはまたしても肩を強ばらせると、ばっと向かい合っている座席に目をやった。

 それまで黙って携帯電話の画面を見ていたハルトが手で口元を覆い、目尻に涙まで浮かべて笑いを堪えている。まばゆい金髪と肩が小刻みに震えていたが、それはケイと目が合った瞬間遠慮なく爆発させた。


「あははははははっ! ケイ起きたと思ったらいきなりその顔……やばいナオもおもしろすぎっ……お、お腹いた……ひぃっ……!」


 携帯電話を隣の空いている座席に放り出し、ハルトは腹を抱えて笑い転げた。


「ハルトてめぇ、何笑ってんだよこの野郎!」

「あははははっ、だってケイほんとおもしろいんだもん! 顔から湯気立ってるタコみたい!」

「うるせぇ! お前ちょっと黙りやがれ!」

「いーじゃんタコさんかわいいしおいしいよー?」

「よくねぇ! かわいくねぇし食われてんじゃねぇか!」

「あははははっ、なんかタコさんウィンナー食べたくなってきた!」

「意味分かんねぇってかさっき昼飯食っただろ!」

「いえーいタコさんが怒ったー」

「うっせぇ山でイカにでもなってきやがれ!」


 ケイは怒り心頭、ハルトにつかみかかるが、ハルトはいともあっさりとすり抜ける。

 ケタケタと笑いながら意味不明なことを言いまくる彼に対し、懇切丁寧に間抜けな突っ込みを返すケイだった。つまりはケイも全くもって同レベルだということだ。ナオはもちろん、誰の目にもそれはただのコントにしか映っていなかった。


「あははは……ふぅ、旅は楽しいねぇナオ」


 一通りケイの攻撃をあしらい終えると、ハルトはようやく息を大きく吐いて笑いを収めた。


「ふえ? うん、そうだよねハルト! みんな一緒だと楽しいねっ」


 急に話を振られたナオは一瞬反応が遅れたが、笑顔を返して言う。その隣でケイはうらめしそうにハルトを睨んでいたが、もはやこれ以上余計な体力を使う気力がなかったらしく、何も言わなかった。

 ハルトはにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「みんなねぇ。まぁそうだね、いやぁ残念だったねケイ」

「は?」

「ううん何でもなーい。ねーナオ、ちょっとこっち来いよ。オレだけ二人席に一人じゃさみしーんだもん」

「ふに? あ、そだね! ごめんねハルト、じゃあ私席替えだね!」


 言うと、ナオはぴょこんと跳ねて前の座席へと移る。ナオが座る前に座席の上に放り出していた携帯電話を回収すると、ハルトはどこか満足そうに笑った。

 嫌な予感を感じていたケイに、ハルトはくるりと向き直る。ふと彼は表情を引き締めると、ケイに向かって手招きをした。


「――ケイ、ナオもちょっとこれ見て」


 言いながら、ハルトは携帯電話をぽちぽちとタップし、画面をいじる。

 揃って訝しげな顔をしたケイとナオが両隣からのぞき込む。ハルトの指が「展開」というパネルを打つと、三人の目の前に小さなスクリーンが現れ、画面を投影する。

 ケイははっと目を見開いた。


「これは……」

「昨日の新聞。気になって検索したんだ、こないだの町のこと」


 ハルトが指で示した記事の表題を見て、ナオは息をのむ。


「『ウグイス』の町の町長さんが……辞任した?」

「ああ」


 ハルトは神妙な面持ちで言う。


「同町の少年二人が行方不明となっていた事件は解決したが、元町長はその後自宅で倒れていたところを家人に発見された。元町長は頭痛などの体調不良を訴えており、また数日の間の記憶障害が見られているため、医師の診断を受けている。町の開発事業をめぐり住民との対立も避けられず、辞任を表明した。同町では後日住民による選挙を行い、新町長を選出する予定だ、だと。あの森のこともあるし、まだまだ落ち着かなさそうだね、あの町も」

「シルキくん……大丈夫かな?」

「ん。どうだかね、そりゃ心配だろうけど……町としてはいい方向に変わろうとみんなで努力してるみたいだよ」

「うん、でも町長さん……どうしたんだろう? 倒れてたなんて」

「さぁね、そこはもうオレらにはわかんないよ。けどさ、それよりもちょっと腑に落ちないことがあるんだよね」


 心配そうに俯くナオを一瞥すると、ハルトは目を眇める。

 それにケイは小さく頷いて同意を示した。


「あの森のことか。確かにあの精霊たち、あまりにも急に力を失いすぎていた気がする」

「うん、オレもそう思う。なんか不自然なところがあったよね。それを政府が疑問視してるのかどうか。もしかしたらまた誰か本部のスピリストを調査に送り込むかもしれないね。だけどまぁ、オレらのあの町での任務はもう終わってる。このまま指示がなければ、オレらにはもうできることはない」


 冷たさを感じるほどに、淡々とした口調だった。しかしそれはどこか、ハルトが自分たちに言い聞かせているようにも感じられる。

 ナオはぎゅっと口を噤んだ。

 そんなナオに気づいたのか、ハルトはにかっと笑顔を浮かべた。


「ま、現に今も次の任務に向かってるわけだしね。ナオ、お前もシルキたちを見たろ、あいつらはきっとやってける。大丈夫さ。オレらはオレらでがんばって行こうぜっ」


 言うと、ハルトはナオの頭をぽんと撫でた。

 ナオは大きな目を瞬かせるが、すぐにへにゃんと笑って頷いた。


「うん、ありがとうハルト! あ、そろそろ着くみたいだよ」

「あいよー」


 スクリーンの右端のパネルに触れると、シュンッという短い音をあげて展開モードを終了する。ハルトは携帯電話をズボンのポケットに押し込むと、手早く荷物をまとめた。

 間もなくアナウンスの女性の声が停車を予告する。駅名は「ヤナギ」で目的地の町と同じだ。

 キィィッと甲高い音とともに停車する。また窓を見て少しの間景色との別れを惜しんだナオだったが、ハルトに促され座席を立ち、扉へと向かう。

 ハルトはナオの後ろに続きながらくるりと振り返った。


「おーいケイ、置いてくぜっ」

「ああ、今行く」


 ケイも荷物をひょいと手に取ると座席を立つ。

 一応席を見渡し忘れ物はないかと確認をしておく。あの二人、特にナオのことだ、何か置き去りにしたままという可能性は十分にある。

 今回は大丈夫のようだ。ケイはようやく二人を追い、車両を後にしようとする。

 そのとき、またしても例のマダムたちの声が降り注いできた。


「あらぁ、三角関係……?」

「んまぁあの歳で! 最近の子は怖いわぁ~」


 あまりにも突拍子のない話に、ケイは思い切り壁に顔をめりこませた。




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