7-22 標的と目的
「リュウくん……」
「さ、冷静になったなら早急に任務に戻ろうか。きみはその彼を政府に連れて行かなければならないんだよ」
アランドの声音がすっと冷える。ユウナは肩を跳ね上げると彼を振り返った。
「……わかっているわ。だけど」
「できない、は許されないよ『色違い』。きみに協力する俺も怒られてしまうし、任務は何が何でも達成してもらう」
アランドの切れ長の目に苛立ちが揺れている。非情な表情に、ユウナは本を抱きしめる手に力を込めた。
「どうしてそんなひどいことを……! ……いえ、ありがとうございます……」
早口でまくし立てようとして、ユウナはすぐに我に返る。現実は悲しいほどに、アランドの言う通りなのだ。
「でもお願い、その前に教えて。ハルトたちは……私と一緒にいたスピリストはどうなったの?」
「ああ、あの子たちね。さっきはどうしようもなかったから一旦屋敷の外に出てもらったんだけど、今またここに乗り込んできたらしいよ。たぶん最悪の形でだけど」
「最悪って……」
「とある組織の人間と接触してしまったらしい。まぁきみがここにいる以上大人しく待っているとは思ってなかったけど、奴らの方が先に動いたか。俺がここから動けないのをいいことに」
「組織……?」
不穏な言葉が並ぶ。アランドの声音は軽いが、感情が全く読めない。
眉をひそめるユウナの心中を察してか、アランドは彼女に向ける目を意味深に細めた。
「政府には、敵対しているある組織がある。それは聞いたことある?」
「いいえ……」
「そうか。政府の中にも組織専門に対応に当たっているスピリストだっているけど、その構成員も、規模も戦力も謎のままだった。それで最近彼らの活動が活発になっていると聞いていたんだけど、先日ついに政府本部を襲撃されたらしい」
「そういえば。何か騒ぎになっていたような……」
唇に指を当てながら、ユウナは記憶をたぐり寄せる。
ついひと月ほど前のことだ。ユウナが拠点を置く政府本部のある町の一角で火災が発生したのだ。
『水』の能力を持つユウナが召集をかけられるほどの規模ではなかったようだが、やけに騒ぎになっていたので不思議に思っていた。気軽に話せる知人が誰もおらず、まだ能力を得てから日が浅いユウナの耳には詳細が届くことはなかったが、アランドの話を聞けば合点がいった。
政府本部はもちろん、関連施設や政府関係者たちが多く存在する町だ。何者かによる襲撃があったのなら、混乱が起きるのも無理はない。
「でも、あそこはセキュリティーが頑丈で……」
「そうだよねぇ。俺もどうやって侵入したかは知らないけど、保管していた精霊石の原石まで盗まれたらしいよ。警備をしていた者たちは大目玉を食らって大変だったらしい」
「精霊石を……!? そんな、何のために?」
「想像できないか? 能力を引き出す魔力を秘めた石。精霊石があれば人はスピリストになれる。彼らの狙いは、自分たちの手で新たな戦力を生み出すことだろう」
「…………!」
ユウナは瞠目すると、左手首を右手で掴む。アランドの言うとおり、精霊石の使い道はそれだけだ。
一年と少し前、政府に赴いたユウナもまた精霊石を受け取った。その瞬間真っ青に染まった精霊石は目映い光を放つと、どこからか現れた金輪とともに左手首に貼り付いて離れない。
ユウナは顔を上げる。
この屋敷のどこかにいるはずの少年の姿を脳裏に描くと、ユウナは口元を手で覆った。
「そんな人たちがここにいるってことは……まさか」
「ああ。狙いはリュウくんだろうね」
アランドは頷く。
もし『色違い』がスピリストになったなら、かなりの戦力になるのは間違いない。
「その人たちはどうして……わざわざあの政府と敵対しているの?」
「政府に不当な支配をされている色違いの解放のため、だそうだよ」
「それ、は……」
ユウナの顔がこわばる。隠そうとした動揺を、アランドは見逃さない。
少し触れただけで粉々に割れてしまいそうに脆い少女を、アランドは心中で哀れんでいた。
「だから、リュウくんを政府に取られてしまう前にスカウトしに来たんだろう。そして、流れ的に俺もきみもそれを阻止しなければならないってことだ」
「スカウトって……。でもちょっと待って、あなたさっき洗脳されて終わりって……何を?」
「いい指摘だけど何となく察してるだろ? さっきも言ったようにこの家全体を幻惑系の霊力が包み込んでいる状態だ。ここの『色違い』やその母親は元から政府に対して良い感情を持っていないが、確実に引き入れるため、自分たちに都合の良い洗脳をする。つまり保険をかけているんだろうね」
「そんな。じゃあその組織の人たちが幻惑系の能力者っていうこと?」
「そうとは限らない。そしてスピリストとも限らない」
「え……?」
すらすらと答えるアランドに、ユウナはいよいよ混乱しはじめる。理解が追いつかない。
「……精霊使い? 魔力じゃなくて、霊力の結界ってことは」
必死で答えを紡ぎ出す。アランドはすぐに首を横に振った。
「半分正解かな。精霊使いとは限らないが、精霊は使っているだろう」
「ごめんなさい、わからないわ」
「すぐにわかるよ」
白旗をあげたユウナに、アランドはまた意味深に笑う。
ユウナは唇を噛む。俯こうとした彼女を促すと、アランドは目の前の扉を親指で示した。




