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7-21 リュウの宝物


「結界……?」


 ユウナは眉を跳ね上げる。

 結界とはつまり、対象を己の魔力で包み込んでしまうことである。幻惑、幻覚を操る者がよく使う、魔力の牢獄のようなものだ。対象を捉えると、魔力の海の中でじっくりじわじわと浸食し染め上げていく。 打ち破ることができなければ、抗うことは難しい。

 ユウナもこれまでの任務で何度か見たことがあった。そしてそれがとても厄介なものであることも理解している。


「……それは近くに、あなたの他にも特殊属性の能力者がいるってこと?」

「この家全体に幻惑系の霊力の結界が張られている。迂闊に踏み込んだが最後、いいように洗脳されて終わりだ。あの母子のように」

「どういう……ことなの?」


 次々と飛び出す不穏な言葉。ユウナの声が上擦る。

 滑らかな頬を汗が伝う。異様に蒸し暑い。

 改めて部屋を見渡すと、窓が一つもないことに気付く。さほど広くはない室内はまるで蒸し風呂状態だ。

 ユウナが寝かされていたベッドと、簡易的な机と椅子が一組置いてある。古い上にどちらも暗い色だが、造形は繊細で美しいものだ。ベッドの頭側の壁には、神を描いた肖像画がかけられている。まるでこのベッドを使っていたものが、毎夜就寝前に祈りを捧げていたかのようだ。

 壁に沿うように並ぶ本棚には、神話関係の本がたくさん置いてある。それらがさらに、狭い室内を圧迫しているように見える。


 薄暗く、重苦しい。


 そんな雰囲気を除けばさながら簡易的な教会の一室であるようにも思えて、ユウナは首を傾けた。


「ここはどこ? あのお屋敷の中なの?」

「そ、地下室だよ。ここはあの母子のものでなく教会関係者の別荘とは聞いていたけど、どうだかね。こんな部屋があるなんて物騒な家だ。それ見てみなよ」

「え……?」


 アランドは切れ長の目をさらに細めてベッドを指さした。促されるまま見やると、ユウナははっと息を呑む。

 ベッドの上下に二つずつ、古びた鎖が床に垂れ下がっている。その先にはそれぞれ錆びた太い枷がついていた。


「ひっ……!?」


 短い悲鳴とともに後ずさると、背中を壁にぶつけてしまった。

 ちょうど両手足を拘束する位置にあるそれに、恐怖を隠せず震えあがる。


「なに、ここは……」

「なんだろうねほんと。綺麗な内装ではあるけど、地下牢みたいな感じで気味が悪い。今は書庫になってるだけのようだけど、この本棚の裏とか白骨死体とか出てきそうじゃない」


 アランドは意地悪げに笑う。怯えるユウナを見やると、わざとらしく本棚を叩いてみせた。


「きゃっ!」


 ユウナはまた悲鳴をあげると縮みあがった。

 紙の束が宙を舞った音が数度重なると、いくつかの本が衝撃で床に散らばった。


 死体などは出てこない。驚かされただけのようだ。

 次第に羞恥を覚え顔を赤く染めたユウナだったが、にやにやと笑ったままのアランドから目を背けると、彼とは離れた位置にある本棚に近づく。


「これは……」


 背表紙を眺めて、ユウナははたと動きを止める。

 よく見ると、神話の本に混じって音楽関係の本も並んでいるのだ。中にはユウナ自身も読んだことがあるものもあった。


 ――リュウの私物なのだろうか。


 首を傾げると、ユウナは本を一冊手にとって表紙をめくる。音楽の教科書だ。ページはすり切れぼろぼろで、ところどころつたない字で書き込みがしてある。


「…………」


 一緒に演奏してみてすぐに分かった。リュウのあれほどの音楽の才は、本人の努力なしでは決して成り立たない。

 本を戻して、今度は机の上を見やると楽譜が散乱していた。

 引き寄せられるようにして手に取ると、それは先ほどリュウが弾いていた曲の楽譜だった。


「これ、読めないことはないけどずいぶん汚れているのね」


 楽譜が不自然に汚れているように見えて、ユウナは顔をしかめた。ところどころ掠れて、音符が消えてしまっている。

 曲を知っていれば弾けるだろうが、この有様では初見演奏は難しいだろう。

 ユウナは散乱した楽譜を丁寧に集める。その下からまた本が出てきた。音楽理論の本だ。それと重なるようにして童話の本が置かれている。


「名探偵ルートと怪盗スケール。失われた音」


 童話の本のタイトルを口にすると、ぱらぱらと捲る。ずいぶんと読み込まれているのか、こちらも楽譜と同様に古びて黄ばんでいた。


「……なつかしい」


 思わず口元を綻ばせて、ユウナは呟いた。

 内容はタイトルそのままで、ピアニストでもある名探偵ルートが、貴重な楽器や楽譜ばかりを狙う怪盗スケールとお宝を巡った戦いを繰り広げる、というものだった。ユウナも小さい頃に読んだことがあるが、どちらかと言うと今のリュウよりもっと幼い子供向けのものだ。

 裏表紙を見ると、小さくリュウの名前が書かれている。やはり彼の私物らしい。彼の元いた自宅は夜逃げ同然に放置されていると聞いていたのだが、この屋敷にまで持ってくるほどお気に入りのものなのだろうか。そう思うと、途端に切なさがこみ上げる。

 ユウナは楽譜と本をまとめて胸に抱えた。



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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりレンカたち信用できない~~~! フレイアさまの本能からの警告はドンピシャだったんだ リュウたち洗脳されてるって言ってたけど、これはレンカの方の能力だよねぇ…… 大切な本、これが何かの…
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