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7-19 ふたつの指輪


「ご名答、おそらく相手は特殊系の能力者ね」


 彼らの様子を見て、レンカは数回拍子を打った。子供たちは相変わらず応えようとしないが、彼女は構わずツボミを見やる。


「ツボミ」

「はい、代表。皆さま、私からなるべく離れずついてきてくださいませ」


 高い声が反響する。ツボミは背を向けると、前方に軽く右手を掲げた。

 直後、彼女の指にはめられていた二色の指輪が不気味な光を放ちはじめた。

 ツボミの周りの空間が大きく歪んだように感じた。驚く間もなく、明らかな魔力の気配が迸る。

 顧みると、風もないのに彼女の衣服の裾が靡いている。魔力に煽られているのだ。しかし彼女はスピリストではないはずだ。


「なんだ、あれ……」

「っ!?」


 一様に驚愕の表情を貼りつけていたが、とりわけフレイアは大きく痙攣するようにしてツボミから距離を取ると、全身の毛を逆立てる。

 大型の鳥が羽ばたいたような羽音を立てて、滑るように飛び退る。そのまま怯えるように身体を掻き抱いた。


「アンタ……一体何をしたの!?」


 ツボミを真っ直ぐに睨みつけながら、フレイアが声を張り上げた。


「フレイア? どうしたの?」


 ナオはフレイアに駆け寄るが、頭上のフレイアはツボミの背中を睨みつけたままだ。天井ぎりぎりのところで浮遊する彼女の身体の炎が燃え上がり、忙しない音をあげている。

 明らかにツボミを警戒している様子だった。

 それはナオも同じだが、相手がスピリストでないことが抑止する大きな要素となっている。しかしフレイアは霊力を迸らせ、臨戦態勢をとっている。いや、どちらかというとツボミに対して恐れを抱いているようにも見えて、ナオは眉をひそめた。

 自信家であり、実際に高い戦闘力を持つ彼女が、ただの人間を相手にその霊力を向けるとは思えないからだ。それも何度も。


「…………」


 ツボミはゆっくりと振り返るとフレイアを見上げる。

 感情の読めない瞳は、口元に浮かべた笑みをより不気味に彩っていた。

 フレイアは奥歯を噛みしめた。


「アンタから……やっぱりすごく嫌な気配がする」

「…………」


 唸るような声だった。言われて、ツボミはただ目をうっそりと細めるだけだった。


「この女……答えなさいよ! アンタ一体何したのっ」


 フレイアは髪を振り乱すと、ついに声を荒げた。その手の上に巨大な火球が燃え上がりツボミに向かって放たんと振りかぶる。

 ナオは慌ててツボミの前に躍り出た。


「フレイアだめっ!」

「あらあら。これで二度目よ、ほんと野蛮な精霊さんだこと」


 笑い声とともに、またしてもレンカが口を挟んだ。


「なんですって!?」


 フレイアは勢いよくレンカを顧みる。

 人差指で唇をなぞると、レンカは嘲るような笑みを浮かべてフレイアから目を逸らす。両手を広げて立ち尽くすナオを見ると、彼女を指差して言った。


「――精霊使い。珍しいスピリストに出会えたと思ったけれど残念ね。こんな下品な精霊を連れているようじゃ、あなたの程度も知れているってものだわ」

「え……」

「おい、何だとてめぇ!」


 ナオは上擦った声をあげてたじろぐ。レンカにすかさず怒声を返したのはケイだった。

 怒りを十二分に表現しているケイの顔を見て、レンカは目を瞬かせた。


「なぁに? そんなにこの子たちのことが大事なの」

「当たり前だっ!」


 狭い通路に漏れ出た声が幾重にも反響する。

 ケイの精霊石が淡く光る。溢れだす魔力に揺れる前髪の下で、ケイは眉をつり上げた。


「こいつらに少しでも手を出してみろ。そのときはお前をぶっ飛ばす」

「…………」


 レンカはケイをじっと見下ろしたままだった。しばらくの間睨み合うと、彼女はふと目を逸らした。


「……邪魔ね」


 レンカは口の中で小さく呟く。目の前にいたケイにも聞き取れないほどの小声だった。


「……なによ、なんなのよこの女。気持ち悪い」


 フレイアは小さな拳を力一杯握りしめる。

 生まれ育った火山のごとく、フレイアの心の中で何かが爆発した。

 フレイアは翼を大きく広げた。


「もう付き合ってられないわ! アタシはアタシであの子たちを探すわよっ」

「フレイア! 待って……っ」


 ナオの制止を振り切り、フレイアは一直線に降下すると、隠し通路の中に飛び込んだ。


「きゃあっ!」


 炎の弾丸がすぐ側を通り抜けたかのようで、さすがのツボミも悲鳴をあげて縮こまる。熱風に煽られ、黒いスカートが翻った。

 フレイアはそのまま暗闇の中を突き進んでいく。小さな炎の塊はすぐに見えなくなってしまった。

 目の前に続く暗闇を呆然と見つめながら、ナオは立ち尽くす。


「……どうして……」


 一瞬の出来事に、ナオは戸惑う。

 フレイアとの付き合いは決して長いわけではない。それどころか出会って数日の主従関係だ。それでも彼女が突然こんな行動に出るのはおかしいと感じていた。気は短いが、周りを見ることができないわけではない。それなのに、全てを捨て振り切るようにさえ見えた彼女の横顔はただ事ではないように思えた。


「…………」


 ――フレイアを追うべきだろうか。


 ナオは迷う。しかし、ここでさらにケイたちと離れてしまうことになるのは二の足を踏む。連絡手段である携帯電話はひとつしかない。その上結界の中ではお互いの魔力を追えるかどうかさえ分からない。それはフレイアであっても同じことだ。

 魔力と霊力を共有する主従関係。精霊使いである自身の力を信じても良いのだろうかと、ナオは逡巡する。


「あなたはどうする? 大事な精霊さんを追いかけるならご自由にどうぞ」


 ナオの心中を読んだかのようなタイミングで、レンカが口を開く。顔を上げると、挑発するような表情のレンカと目が合った。


「……あなた、一体……」


 ナオがそう言うと、レンカは唇を吊り上げる。

 フレイアを追うことを暗に促されているのだろうか。

 ナオは内心不快感を募らせていた。皮肉にも、それが彼女の中での決定打となる。


「追いかけません。フレイアは私の精霊です。きっとすぐに会えると思うから」

「あらそう」


 静かに答えたナオに、レンカはつまらなさそうに顔を背けた。

 こつこつと足音を響かせながら、レンカは通路の前で待つツボミの元へと歩いていく。それを確認すると、ツボミは暗闇に向かって足を踏み出した。淡く光る彼女の指輪が、辺りを薄く照らしていた。


「…………」


 黙ったまま、ハルトは彼女らに続いて行った。ほんの僅かに発動している精霊石が控えめに光って揺れる。


「……行くぞ、ナオ」


 レンカの背を睨みつけたままだったナオを、ケイは促す。それにナオはぱっと顔を上げた。


「……うん」


 少しだけ口をもごもごさせたが、ナオは小さく頷いた。

 ケイはナオの背を軽く叩いた。彼がしんがりを歩いてくれるようだ。


「……フレイア、ユウナ……」


 祈るように呟くと、ナオは暗闇を振り払うように首を振る。先にうっすらと見えるハルトの精霊石の光を目印に、暗い通路の中を進んで行った。



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― 新着の感想 ―
[一言] レンカの欲しいのはケイ、そしてハルトかな? ナオ、このままだとどっかで排除されそうで怖い…… フレイアの普通じゃない怖がり方からも、この二人はあまり良くない気がする。この二人というか、指輪か…
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