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7-17 取引


「……なるほど、それはそうね。つまりあなたにとって大切なのは彼女だけで、リュウくんはどうなっても構わないと」

「…………っく」


 女性の言葉に、ケイは拳を握りしめる。否定の言葉は喉の奥に絡まって出てこなかった。

 わざわざ言われなくとも、ケイたち全員が心の隅に抱えていた(もや)だった。

 事実、ユウナの任務を手伝うとはそういうことだ。

 ケイは無言のまま女性を睨みつける。彼の周りの冷気が激しく渦巻いたことに気付くと、女性はわずかに眉を下げた。


「ごめんね、意地悪な言い方だったわ。それならもう一度リュウくんに会うまで協力するというのはどうかしら? 私たちとしてもせっかくここに来たというのに、邪魔をする誰かがいるのなら排除したい。けれど相手は正体の分からないスピリストの可能性が高く、戦闘力を持たない私たちには荷が重いの。だからユウナちゃんを探しつつ、そいつを私たちで打ち倒す。そして改めてリュウくんを奪い合うのよ」

「奪い合うって……リュウに何をするつもりだ?」

「私たちは政府とは違う。彼に危害を加えるつもりはないわ、交渉がしたいだけよ。もし彼が私たちを選んだなら、諦めてそう報告なさい」

「それで俺にあんたを信じろと?」

「そうしてくれてもいいけど。いいじゃない、いざとなればその戦力を如何なく発揮すればいい。別にあなたたちにとって悪い話じゃないと思うんだけど」

「…………」


 女性を睨みつけたまま、ケイは黙る。

 確かに女性の言う通りだ、その気になれば彼女らを力で圧倒することはできる。

 しかし自分たちにとって不利なはずの取引をなぜわざわざ提案するのか。ユウナの居場所も、彼女らの自称する組織とやらについても、何一つ信憑性はない。


「ケイ!」


 口を噤んだままのケイの耳朶を、鋭い声が貫く。

 振り返ると、今にも襲い掛からんばかりにフレイアが髪を逆立てていた。


「アタシは反対よ! そもそもこいつらが言ってることがぜんぶ嘘だって可能性もあるじゃない」


 ケイの胸中を代弁するかのように、フレイアが強い口調で言う。

 ケイとは違い迷う様子を見せないフレイアを、女性は鼻で笑った。


「そう思うなら一人でさっきの部屋にたどり着いてみることね。あの屋敷の構造が複雑ってだけじゃないの。単純そうなあなたには難しいと思うわよ」

「なんですって!?」

「フレイア、ちょっと落ち着いてっ」


 フレイアはついに炎を放つ。ナオは慌てて間に滑り込むと、女性に向かう火の玉を受け止めた。


「ちょっとナオ、邪魔すんじゃないわよっ」

「だめっ! これはユウナの任務なの。今ここで私たちが一般の人に手を出すわけにはいかないっ」


 フレイアの前で、ナオは両手を広げて立ちはだかる。その背中を、女性はじっと見つめていた。

 ますます頭に血が登りそうになるフレイアだったが、手にしていた火球を強く握りしめる。炎が霧散し、辺りがまた薄暗くなった。


 今、自分たちの行動のひとつひとつがユウナの任務に影響を及ぼす。


 ナオが危惧しているのはおそらくそれだけだ。


「……わかったわよ。けどこいつらどう見ても怪しいじゃない。ケイ、アンタもさっさと断るべき……」

「……わかった。もし俺たちやユウナに何かあれば容赦はしない」

「はぁ!?」


 ケイは女性の目をまっすぐに見ながら静かに言った。それにひっくり返った声をあげたのはフレイアだ。

 これにはナオやハルトも意外そうに目を丸くしていた。しかし、彼らもまた反対の声を上げることはできないでいた。


 ユウナがもし本当に危険な人物と遭遇していたのなら。能力を発動できないほどの状態に陥っているのなら。

 多少のリスクは負ったとしても、手がかりを捨てることはできなかったのだ。


 ナオは呆然とするフレイアをそっと引き寄せる。胸元に抱きしめられると、フレイアもそれ以上は何も言わなかった。


「うふふ、交渉成立ね。だいじょうぶよ、危害を加えるつもりはないって言ってるでしょ」


 女性は満足そうに笑うと、すぐさま右手をケイに差し出した。握手を求めているようだ。


「レンカよ。あなた、名前は?」

「……ケイ」


 ケイは表情を変えない。彼女の手を握ろうともせず、唇だけを小さく動かした。


「……あら、つれないのね」


 レンカは細い指をわざとらしくしならせると手を引っ込めた。

 その口調はやけに寂しげに聞こえて、ケイはわずかに眉を潜める。これもわざとやっているのだろうか。


「ふふ」


 レンカは肩を竦めて背後を振り返った。


「ツボミ」

「はい、代表」


 じっと控えていたメイドが髪をぴょこんと踊らせる。レンカが口にしたのは彼女の名前のようだ。

 ツボミは待ってましたと言わんばかりにスカートを翻すと、綺麗な所作で屋敷を示してみせた。


「こちらです。みなさまお屋敷へご案内致します」


 にっこりと笑いかけると、彼女は踵を返して歩き始める。


「――行きましょ」


 レンカが促す。

 まるでダンスにでも誘うかのように軽やかに、彼女はスカートを翻した。

 ケイは一度瞑目すると、短く息を吐く。

 無言で振り返り、ナオとハルトを促すと、ケイは重い足を踏み出した。


「……ユウナ。必ず助ける」


 低い声で、そっと呟く。


 たとえ何があったとしても、それだけは決して違えない。


 足音に合わせ、土を擦る音が幾重にも重なる。

 無言のまま、彼らは再び屋敷に向かって歩き始めた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 知らないリュウより幼馴染みのユウナが大切なのは普通だと思う。どちらかを選べって言われたら、申し訳ないけど私も大切な人を選ぶと思うから それにしてもケイくん主人公してる❤️
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