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7-16 おかしいとは思わない?


「まぁ、代表! わざわざお越し下さるなんてっ」

「ええ。あなたが有望そうな子に声をかけていたものだから、つい我慢できなくなっちゃったわ」


 メイドが高く弾んだ声を上げる。まるで嬉しそうにしっぽを振る小動物のようなメイドに対し、女性はにっこりと笑って答えた。

 彼女らにそれぞれ挟まれた位置にいるケイは、前後を交互に見やって戸惑う。


「代表……仲間なのか……?」


 低い声で呟くと、ケイは慎重に後ずさり彼女らから離れようとした。それに気づくと、女性は逃がさないと言わんばかりにケイに目をやる。


「あら? あなた……」


 女性の目がぎょろりと光る。


「代表、ご報告が……」


 彼女は高い声をあげたメイドを無視すると、ケイに向き直り顔を近づける。


「…………」


 ヒールを含めると成人男性を越える身長がありそうな女性は、大げさに腰を折ってケイを凝視していた。

 薄暗い中ではよく見えなかったが、ここまで近づくと女性の整った顔立ちがはっきり分かる。歳は二十代半ばくらいだろうか。手首を確認してみるが、七分袖から覗く細腕に精霊石は見当たらない。

 この女性もまたスピリストではない。

 ケイは冷気を強めると、女性を取り囲むように纏わせた。ケイの意思ひとつで、いつでも彼女を氷に閉じ込めることができる。

 普通に考えれば、一般人を相手に許される行為ではない。しかし先ほどのメイドと同様にスピリストを恐れる様子を見せない女性に対し、やはり底知れぬ何かを感じる。

 ケイの頬に汗が伝う。それを見て、女性は笑みを浮かべた。


「なんだよ、あんたは……」

「ふふ。なんだ、よく見たらまだ坊やね。でも私たちにとってはそれがいいのかもしれないわ」


 それだけ言うと、女性は背中をのばした。

 裏がありそうな笑みと言うよりは、どこか幼い子供を見つめるかのように目元を細める。それに苛立ちを覚えて、気付けばケイは声を張り上げていた。


「だから、なんなんだよあんたは!」

「せっかちな子ね。もう少し余裕を持ちなさい、女の子にモテないわよ」


 軽口を言いながらも、女性の声がすっと冷える。


「は……?」


 不本意ながら最近どこかで聞いた気がする言葉に、ケイは思わず口をぽかんと開けていた。

 ふと、女性はケイに背を向ける。

 暗い色の直毛が綺麗な放物線を描いて翻ると、彼女は肩越しに振り返った。


「ひとつ教えてくれるかしら。『色違い』の彼女、あなたにとってどういう存在なの?」


 やたらとよく通る声で、女性は言う。それにケイは迷わず答えた。


「ユウナは同じ町で育った幼なじみ。俺の、俺たちの大切な仲間だ」

「へえ、そうなのね」


 女性は頷く。


「彼女は幸せね、そしてとても不幸だわ。そんなに自分を大切に想ってくれる仲間からも引き離されたんだもの。すべてはあの政府のせいよ」


 早口にそう言うと、女性はそっと目を伏せる。

 再びケイの方を振り向くと、悲しげな顔を傾けた。


「ねぇ、あなたはそうは思わない?」


 それはまるで呪文のように、ケイの頭の中で何度も反響するかのようだった。

 明らかにケイの表情が揺らぐ。

 動揺を示したのはナオやハルト、フレイアも同じだった。しかし女性は彼らが視界に入っていないかのように、ケイだけをまっすぐに見据えている。


「悔しいと思わない? 何も悪いことはしていないのに、色違いだからと人生を奪われる人がいることを。なりたくもないスピリストになって、奴隷のように働かされて死んでいく人がいることを。政府を許せない、そう思わない?」

「…………!」


 ケイの目が見開かれる。

 女性は笑みを浮かべると、背後に控えていたメイドの手をそっと取る。


「少なくとも私たちはそう思っている。私たちは同志。この世の色違いを守るために政府と戦い、そして奴らをこの手で叩き潰すために集まった革命軍(組織)


 凛とした声音で畳みかける。

 空いている方の手をケイに向けると、ひどく優しそうに顔を綻ばせて言った。


「私たちと一緒に来ない? 政府なんて必要ない、私たちならあなたに力を与えられる。一緒に戦いましょう?」


 女性の白い指が、薄暗い景色の中で真珠のように映えて見える。

 しなやかな動きで向けられた手のひらに、気づけば頭から掴みとられるような心地がして、ケイは思わず後ずさった。


「……嫌だと言ったら?」


 唇を噛みしめると、ケイは小さな声でそう答える。

 女性は手のひらを握って自身に引き戻すと、果然とした顔で首を横に振った。


「別になにも。私たちは無理強いするような野蛮な組織じゃない。今も立派に政府の犬をやっているのに即答できる人の方が少ないでしょうし」


 くすくすと笑い声をあげると、女性はまた髪とスカートをふわりと踊らせた。

 まるでからかっただけだと言わんばかりなその表情で、彼女は視線を巡らせる。

 今にも襲い掛かりそうな鋭い目をして、ナオやハルト、そしてフレイアが女性を取り囲んでいる。皆女性が現れた時からずっと臨戦態勢を保っていたが、彼らの存在にようやく気付いたと言うように、女性は物珍しそうな顔でそれぞれの顔を見やる。

 ほんの僅かでも構える様子を見せない女性に、ハルトは思わず苛立つ。彼の周りにいくつか浮かんでいた短剣たちが、今にも女性に向かって行きそうに忙しなく動いていた。


「ふざけんな。そんな話が信じられるか」

「そう言うとは思っていたわよ。ゆっくり考えてちょうだい」


 宥めるような口調だった。それだけ返すと、女性は再びハルトから目を逸らすとケイに向き直る。


「いいわ、当初の取引に留めましょうか。私たちはあなたの仲間を助ける協力をする。その代わり、リュウくんは私たちに任せてちょうだい」

「それは無理だ。ユウナの任務はリュウを政府に連れ帰ること。それが達成できなかったらあいつがどうなるか分からない」


 ケイは迷わず首を横に振った。それが意外だったのか、女性は目を丸くする。細い指を唇に当てると、彼女は小さく唸った。



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― 新着の感想 ―
[一言] 革命軍……革命を起こしてどんな世界を作るつもりなんだろう? 色違いが差別されない国? それとも色違いが特権になる国? これだけでほいほいついていけるわけないよね 嘘はいってないかもしれないけ…
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