7-15 相談
「怖いです。皆さん揃ってそんな顔をしないでくださいませんか」
魔力と霊力が激しく渦巻く中、不意にメイドは小さな笑い声とともに口を開いた。
口調と言葉の内容が合っていない。
眉をひそめたハルトに、メイドは首を傾げてみせる。
「私はいち使用人にすぎませんので、乱暴はおやめくださいませ。それよりもご相談があって来たのですよ」
両手は上げたままの状態で、メイドは滑らかに言った。
「相談?」
「ええ。取引とも言いますか。皆さんはもう一度お屋敷に入りたいのでしょう?」
鈴が鳴るかのように軽やかな口調だった。
四人は揃って目を見開く。
メイドはただ話しているだけのように見える。しかし妙に魅惑的に聞こえるその声音に、辺りの空気が撓んだように感じる。
メイドは一歩後ろに下がる。
ハルトが剣を近づけて来ないことを確認すると、彼女は両手を下ろした。
「……あなたたちの仲間の女の子。色違いの彼女が消えたのは我々にとっても予想外のことでした。本当は彼女ともお話したかったのですけど先越されましたね」
「先越されたってどういうことだ? じゃあ、ユウナは誰かに……」
「現時点では予想の範疇を越えませんが、誰かと接触した可能性が高いと思います」
訝しむケイを遮ると、メイドは屋敷を指で示す。
その口ぶりは、概ね確信を持っているように聞こえる。
「リュウさんの部屋で彼女が消える直前、あなたたちとは別のスピリストの魔力を検知致しました。得体の知れない他の誰かがもし屋敷をうろついているとなると、我々にとっても脅威です」
「それは確かなのか? なんでそんなことが分かる?」
「確かです。その情報をお伝えするのは、取引の内には入りません」
即答すると、メイドは手を下ろす。
挑発的な目で子供たちを順番に見やると、最後に剣を握ったままのハルトと目が合った。それが警戒しつつも続きを促しているように見えて、メイドはほくそ笑む。
メイドの細長い指がしなやかに動く。薄暗い中で、彼女の指輪がきらりと光った。
「そこで提案です。あの屋敷の中は迷路そのもの。普通に乗り込んでも目的の部屋には辿り着けません。私があなたたちをご案内して、お仲間を探すお手伝いをします。その代わり、リュウさんは我々に譲っていただきたいのです」
「は?」
ケイとハルトの声が揃う。
「うふふ、皆さん同じ顔。そんなに驚かなくても大丈夫ですのに」
彼らの反応が思惑通りだったのか、メイドはころころと笑い始めた。
指先を唇に艶めかしく当てると、肩を丸めて身体を震わせる。くすくすと笑いながら、彼女はそっと手を口元から離した。
「あら?」
不意に、メイドのすぐ脇を真っ赤な火の玉が通り過ぎた。
そちらを振り仰ぐと、今にも第二弾を放たんと燃え上がるフレイアが宙に浮いていた。
「フレイア!?」
ナオの甲高い声が辺りに響く。しかし、誰も答えない。
「…………」
メイドは一度大きく目を見開いたが、すぐに細めるとフレイアをじっと見つめる。無言でメイドを睨みつけて動かないフレイアの瞳に、ゆらゆらとした炎が映っていた。
「フレイア? 一体どうしたの?」
声をあげたのはまたしてもナオだった。それにようやく反応を示すと、フレイアは火を収めて高度を下げる。そのまま翼を閉じて、ナオの肩に着地した。
「今なんか、あの女から変な感じがしなかった?」
フレイアがナオの耳元で囁く。ナオは驚きつつも、同じく小声を返した。
「え……? 私はとくに。ハルトは……」
早口で言うと、ナオはハルトを振り返る。ハルトは黙って首を横に振った。ケイも同様に否定する。
「精霊さん、何か気に障ったならごめんなさい。でも私は何もしていませんよ」
メイドは眉を力なく下げると、曖昧な笑みを浮かべて両手の平をケイたちに向けた。
「それで、お返事は? そうだ、なんならあなたたちも一緒に来ませんか? 我々はあなたたちのような、若く純粋で仲間想いな戦力を必要としています」
「いや、さっきから何言ってんだよ?」
メイドはますます饒舌だった。彼女が瞳を輝かせるのと対照的に、ケイは声を落とす。
ケイの足の周囲の土に霜柱が立つ。纏う冷気を強めながら、慎重に言葉を選ぼうとする。
「お返事とか言われても意味わかんねぇよ。だいたい我々ってなんなんだ、いきなり取引とか言われて……」
「――色違いとして生まれただけで精霊の子、裏切り者と罵られ、強制的にスピリストとして働かされる。こんな現実はおかしいと思わない?」
「え?」
そのとき、さらにメイドとは別の女性の声が割り込んできた。
振り返ると、誰がゆっくりと歩み寄って来るのが見える。
ケイたちとそう目線の変わらないメイドと違って、背の高い女性だった。上品な膝丈のワンピースを靡かせている彼女の姿は、この場にはおおよそ浮いて見える。
女性が土を擦る足音は、揺らぐことなく一定だ。やがてケイの作り出した霜柱を踏みしめると、ざくざくとした音に変わる。
そうして、女性はケイの目の前まで来ると足を止めた。




