7-14 メイド
「待てフレイア、オレが行ってくる」
「は?」
フレイアを阻んだのはハルトだった。フレイアが胡乱げに振り向くと、明らかに焦った表情で手の平を向けるハルトの姿が目に映った。
フレイアの心中にマグマのような苛立ちが沸き起こる。今この状況で彼女を止められる理由はないはずだ。
「らしくないわね。アンタが行ってどうすんのよ」
「そうだけど……それじゃどうしろってんだよっ」
冷ややかに目を眇めるフレイアに、ハルトは声を荒げた。
ハルトの茶の瞳が不安定に揺れている。
それを見た瞬間、フレイアは翼を激しく燃え上がらせる。身体を捻ってハルトと向き直ると、じっと見上げてくる彼を睨みつけた。
「……このくそガキが。ちょっとは頭を冷やしなさいな」
言葉とは真逆の灼熱の炎を全身に纏うと、フレイアは低い声で言う。腕を振り上げた彼女の前に、ケイは慌てて割り込んだ。
「フレイア、やめろ!」
突如ハルトの前に躍り出たケイを見て、フレイアはぴたりと動きを止める。
「……フン」
そのまま彼女は何も言わず鼻を鳴らすと、炎を消し去ってそっぽを向いた。
一応は収めてくれたらしい。ほっと胸を撫で下ろしながら、ケイは背後で呆然とするハルトを振り返った。
「お前もちょっとは落ち着けよ。焦ったって良いことはねぇだろ」
「その台詞お前に言われるとはね……」
「あ?」
「いやなんでもない」
ハルトは皮肉げに笑う。余計な一言を零したが、額に青筋を立てるケイのことはいつものようにあしらった。
ハルトは一度瞑目すると、器用に胡座を掻きながら浮かんでいるフレイアを再び見上げる。
彼の顔をちらりと見やると、フレイアはわざとらしく肩をすくめる。翼を広げて降下すると、そのままナオの肩の上に着地した。ようやく目線を合わせてくれたようだ。
「ごめん。フレイアも当たって悪かったよ。ちょっと整理しよう」
「フン。次また先走ったら今度こそ黒こげにするからね」
軽く頭を下げたハルトに、フレイアは腕を組んでまたそっぽを向いた。
その横顔にほんのりと赤みが差している。それまでハラハラしていたナオは、そんな彼女を見て頬を緩ませた。
「フレイアぁ……」
「何すんのよ、離しなさいなっ!」
気づけばナオは肩に乗っているフレイアを両手で捕獲すると、すりすりと頬摺りしていた。思わぬことにフレイアは驚愕して暴れている。
「えへへ。キミはやっぱり優しいんだね」
「何のことよっ! っていうか痛い、アンタの髪痛い! ちょっとやめなさいなっ……もがっ」
フレイアの抵抗にも、ナオは全く聞く耳持たない。それどころか彼女の髪がフレイアの顔を覆ってしまい、フレイアは苦悶の声をあげていた。
「何やってんだあいつら……」
彼女らの謎のコミュニケーションを、ケイは半眼をして見やる。
気づけばほんの少し、皆が冷静になれたようだ。
ケイは表情を引き締めると、ハルトに向き直った。
「俺が気になるのはやっぱりリュウだな。あいつがわざと俺たちをあの部屋におびき出したと思ってる」
「どうだろうね。可能性はないとは言えないけど、何か違う気はする。逃げるのが目的ならわざわざオレらに居場所を教えたりするかな?」
「そうだな。だが腑に落ちない。一体どういうことなんだ」
「わかんないよ。こうなった以上、とにかくもう一度リュウに会うべきだと思う。もちろん、ユウナを探しながらだ」
ハルトの早口に、ケイは迷わず頷く。
任務はまだ継続しているのだ。ならば、どのような事態であれ目的を忘れるわけにはいかない。
ケイは再び屋敷を振り仰いだ。
「ああ。それに、ユウナももしかしたら俺たちと同じようにどこか外に放り出されているかもしれない。もう一度中に入れそうな場所を探りつつ探して……」
「――あの色違いの女の子なら、まだお屋敷の中にいると思いますよ」
突如、聞き覚えのある女の声が割り込んだ。
「誰だ!?」
ケイは思わず大声をあげながら、声のした方を勢いよく振り返る。
そこには一人の女性が佇んでいた。
黒いスカートに白いエプロン姿。両手を前で重ねて立つその所作は、控えめながら優雅さも感じられる。
女性はケイたちに向かって一礼すると顔を上げた。
「お前、さっきの……」
「はい。このお屋敷でリュウさんと奥様の身の回りのお世話をさせて頂いております使用人です」
驚愕の声をあげるケイと反対に、女性はさも当然のように言うと微笑む。
つい先ほど見た顔だ。リュウの部屋に母親と一緒に訪れたメイドだった。突如として現れた彼女に、辺りの空気が張りつめた。
警戒心を露わに、各々メイドを睨みつける。ケイたち三人の精霊石が鋭く輝くと同時に、フレイアはまた浮き上がると炎を纏った。
その炎と魔力の光に照らされながら、彼らの間にしばらく沈黙が流れる。
そうして、一番最初に口を開いたのはハルトだった。
「……なんであんたがここに?」
「ええ、ひとつお話したいことが……あら」
メイドが答えるより早く、ハルトは彼女の喉元に剣をつきつけた。
メイドはその切っ先とハルトを交互に見やる。
恐れている様子はない。それどころかさらに唇をつり上げると、その目元が挑発的に歪められた。
ハルトの胸中に、恐怖や焦りにも似た苛立ちがわき起こる。それをひとまず押し込めると、剣を握る右手に力を込めた。
ハルトの表情を見てか、メイドがわざとらしく両手を上げる。その手には細い金色の指輪が嵌められているだけで、手首に精霊石は見られない。
「スピリストの前にわざわざ出てくるなんてどういうつもりだ。あんたが戦えるようには見えないけど」
「…………」
メイドはそれでも微動だにしない。
今彼女の目の前には、スピリスト三人に加え精霊までいるのだ。仮に彼女が精霊石を隠し持っていても、実力を知らない戦闘員四人の前にのこのこ出てくるなど無謀と言うより他はない。
あるいは、非力に見えて絶対的な力を持っているのだろうか。何にせよ、四人は警戒を緩めない。




