7-13 ユウナの行方
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気が付いた時には、ケイたちは屋敷の外に立ち尽くしていた。
「な……なにが起こったんだ!?」
辺りをきょろきょろと見渡すと、大きな建物が間近に見える。
つい先ほどまで確かにあの屋敷の一室にいたはずなのに、まるで瞬間移動をしたかのように景色が一変しているのだ。
屋敷の周りは高い塀が取り囲む。先ほどリュウの部屋に侵入するまで身を隠していた木々が、またすぐそばに佇んでいた。
弱い風にあおられて、木々が柔らかな音をあげて揺れている。
どうやら、完全に敷地の外へと放り出されたらしい。
「どういうことだ……あいつは? リュウとあの母親は……それに」
ケイは混乱する頭を抱えると、譫言のように言う。
むしろ夢だと思いたい。まだ屋敷に侵入すらしていないのではと。
そんなケイの淡い希望を打ち砕くように、ハルトの甲高い声が響いた。
「ユウナ!? ユウナ、どこだ!?」
「ユウナッ!」
「なによこれ! あの子はどこ行ったのよ!」
振り返ると、仲間たちが銘々に慌てふためいているのが目に映る。
ケイは同時に現実を思い知る。まるで頭を強く打ち付けられたかのようだった。
「ユウナ……俺たちはやっぱりさっきまでユウナと一緒にいたんだよな……?」
「何言ってるのケイ! 当たり前でしょっ」
「あ、ああ……悪い」
ナオの怒声が飛んできて、ケイは思わず数歩後ずさる。
ケイは首を横に振ると、呼吸を整える。混乱している場合ではない。奮い立たせるようにして、唇の端を噛む。
塀越しに屋敷を振り仰ぐと、ケイは唸るように仲間の名を呼ぶ。
「ユウナ……!」
「くそっ」
ハルトの舌打ちが聞こえてくる。
顧みると、青い顔をしたハルトが頭を乱暴に掻いていた。
彼の精霊石がまばゆい光を放つと、右手に一振りの剣が現れる。金髪をふわりと広げ、顔の前で剣を構えた。
そのまましばらく辺りを探っていたが、すぐに剣を下ろした。
「……ユウナの魔力の気配を全く感じない。発動すらできない状況なのか」
「そんな、なんで……」
「そんなのオレが知りたいよっ」
涙目でそうこぼしたナオに、ハルトは思わず苛立ちをぶつけた。すぐに我に返ると、彼は申し訳なさそうに俯く。
「……ごめん。大きな声出して」
「ううん」
あふれそうになる涙を堪えながら、ナオは首を横に振る。
泣いている場合でもなければ、喧嘩をしている場合でもないのだ。ハルトは一度大きく息を吐くと、剣を持ったまま携帯電話を取り出した。
「とにかく上に指示を仰ごう。こうなった以上オレらが勝手に動くわけにはいかな……」
「だめっ」
「いてっ」
甲高い声をあげて、ナオはハルトの腕に飛びつく。そのままねじるようにして携帯電話を奪い取った。
ナオは携帯電話を胸に掻き抱いてハルトを睨みつけている。思わず声をあげたハルトだったが、腕の痛みよりも彼女を見て目を瞬かせた。
「ナオ、一体どうしたんだよ?」
「だめだよ……そんなことしたら、ユウナが任務に失敗したって思われるかもしれないよ。ユウナは色違いだからって、後でひどい目に遭うかもしれないよ……」
「いくらなんでもそんなこと……」
言いかけて、ハルトは口を噤む。
ありえないとは言い切れない。そう思ったからだ。
色違いは生まれ持った魔力を扱う才能を買われている。しかし元々が差別の対象だ。政府に連れて行かれた後も実際のところ、風当たりは強いと噂されている。
ナオはハルトの服を握りしめる。今にも泣き出しそうな顔で見上げてくる彼女に、ハルトは戸惑う。
「けど、報告しなかったらそれはそれで……」
「でも! もしそうなったらどうするのっ。そんなのやだ、やだよ……! 怒られるなら私たちでいい」
「う……」
言葉とともに、ハルトの服は下に強く引かれ、深い皺が刻まれていく。
俯いたナオの頭頂部が震えていた。服を握る手にますます力が込められても、されるがままになっていた。
ケイはそんな二人をじっと見つめる。やはり彼にも、ナオの言うことを否定する言葉は出せなかった。
「……俺たちはもともとユウナの任務を手伝っているだけだ、連絡はもう少し後でもいいんじゃないか。非常事態だったと言えばいいし、結果的に上手くいったなら事後報告でも」
「…………」
ケイは静かに言う。その言葉はただの願望で、何の根拠もないものである。しかし、ハルトももう頷くしかなかった。
「……わかった」
この判断が正しいのかどうか、今のハルトにはわからない。できることは、ユウナを探し出して何としても任務を成功させることだ。
ナオの手をとると、ゆっくりと服から指を外そうとする。それに目を丸くして顔を上げたナオに対しても、ハルトは頷いてみせた。
「オレらで探そう。ユウナと、リュウを。何としてでも」
「……うん」
ハルトを真っ直ぐ見つめながら、ナオは短く答える。思い切り握りしめていた彼の服をようやく解放すると、申し訳なさそうに皺をのばした。
「ねぇフレイア、キミならどう? ユウナの気配、感じる?」
「え」
振り返ると、ナオは腕を組んで宙に浮いていたフレイアに早口を投げかけた。突然話が飛んできたフレイアは少し驚いたものの、すぐに首を横に振った。
「それならとっくに言ってるわよ。残念だけど、さっきのリュウって子も分からないわ」
「やっぱりそうだよね……」
フレイアの答えに、ナオは残念そうに眉を下げる。そんな彼女を見て、フレイアは大仰にため息をついた。
「アタシがもう一度様子を見て来るわ。あのお屋敷、さっきと比べて何か嫌な感じがするのよ」
言うと、フレイアは翼を広げる。
彼女はケイたち三人が口論している間も、じっと屋敷を見つめていた。
現時点でユウナの魔力の気配を捉えられないならば、彼女が能力を使えない状況にあるという可能性が高い。
不思議な力を持つリュウの他には、この屋敷にスピリスト、もしくは魔力を扱えるものはいないようだった。ケイたちと逸れたのならばお互いを探知するために発動をしない理由がない。少なくともケイたちはそう考えて発動をしているが、何も感知できないのが現状である。
しかしフレイアは精霊だ。ある程度距離を縮めれば、既知であるユウナの魔力を捉えられることは十分に期待できる。しかもフレイアにとって苦手な『水』の魔力なので、その精度は他の属性よりも高いだろう。
主であるナオが屋敷の近くにさえいれば、フレイアは自由に動ける。
フレイアは翼をはためかせて旋回すると、飛び去ろうと背を向けた。




