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1-16 戦力として



 一行が森を抜けると、眩しいほど輝く太陽にぐらりと目が眩む。

 明順応を完了させるまでの数秒、ケイは言い表せない解放感を噛みしめ、やっと出たかと安堵を漏らした。

 暗い場所はさほど好きではないのもあるが、明るさが希望を連想させるのだ。それに気づくとケイはやや自嘲気味に嘆息した。


 おい起きろ、と肩越しに声をかけると、シルキはぴくりと反応する。観念したのか頃合いと思ったのか、シルキはむにゃむにゃと気の抜けた声をあげると、何事もなかったかのように目を擦った。

 ケイはシルキを下ろしてやると、背後を振り返った。いつの間にか集団からは少し離れてしまっていたようだが、間もなく彼らは姿を現した。先のケイと同じくどこかほっとした表情を浮かべるも、すぐに顔を引き締め彼らは再び固く頷き合う。

 もうきっと大丈夫だ。ならばさっさと政府への報告を済ませ、町を出よう。部外者は介入すべきではない。


「おい、スピリスト」

「あ?」


 不意に呼びかけられ、ケイは間の抜けた声を返した。


「……悪かったよ」


 シルキはばつの悪そうなしかめっ面を向け、もごもごと言う。


「……あいつら、ありがとうって……オレにはできなかったことをしてくれて、ありがとう……」


 ケイは目をぱちくりとさせ、妙な間が開く。しばらくは耐えていたシルキだったが、その微妙な空気にぷいと顔を背けてしまった。


「ああ」


 ケイはようやく答える。含み笑いで言った彼を、シルキはわずかに赤い顔をして睨みつけた。


「ってめ、なに笑ってんだよ!」

「いや、悪い悪い」


 吠えたシルキを、ケイは手をひらひらとして軽くあしらった。こうもあっさり狸寝入りを告白するとは、根は本当に素直な少年である。

 シルキはしばらく悔しそうに膨れていたが、ふと空を仰ぐ。

 穏やかな風が、優しく吹き抜けた。


「……あいつらは、これからどこか遠くで……幸せになれるのかな?」


 シルキはぽつりと呟く。ケイは小さく頷いた。


「俺にもわかんねぇよ。だが、きっと大丈夫だろ」

「なんだよめっちゃ適当だな」


 シルキはむっと唇を尖らせた。しかしケイはやれやれと肩をすくめる。


「いや、そりゃ仕方ねぇだろ」

「でもそうだな……そう信じることにするよ」


 口元に笑みを浮かべると、シルキは町の方を見やる。

 もうかなり西へ傾いた太陽が沈もうと進む先の町の風景は、うっすら煙でもやがかかって見えにくい。


「……ああ」


 ケイは短く答えると、シルキの隣に佇む。

 決意に満ちた横顔を見て、ケイはこっそりと口元を綻ばせた。

 そんな彼らの両隣を、不意に何かが勢いよく通り抜けた。


「よし、そんじゃあオレらはもう行きますか――っ!」

「はぁ?」


 ケイの素っ頓狂な声と同時に、ナオとハルトは軽やかにケイの前へ躍り出た。

 くるりと一回転する勢いでこちらを向いたハルトの顔は、太陽にも負けないほどの笑顔だった。あまりに唐突で、ケイは目を点にして固まる。

 ナオはその間に、ポケットから取り出した携帯電話のタッチパネルをしゃかしゃかと手早くいじっていた。数回のタップで通信を完了させると、彼女はすぐににっこりと顔を上げる。


「おっけいハルト、任務完了だよ!」

「あいよー! ケイ、ほれ行くぞーっ」


 言って、二人はさっさと町へ向かって歩き始めてしまった。もう周りのことなど気にしている様子は微塵もない。


「あーもう……勝手に行くなよっ。お前らはなんでそういつもいきなり……」


 ケイは額を手で覆うが、すぐに潔く諦めて彼らを追う。マイペースな二人にこれ以上何を言っても無駄である。

 放り出されたシルキたちは、突然のことにうろたえた。


「え、ちょっと! お前らも町へ戻るんだろ!?」

「いや、このまま日が暮れないうちに町を抜けて旅を続けるよ」


 俺たちは流れ者だから、と付け加えると、ケイはぴたりと足を止める。

 まだお礼もしていない、今日ぐらいはゆっくりしていけばいいといった町の人々の異口同音の好意にも、ケイは首を振って丁重に辞退した。


「森のことでまた何か困ったことがあったら政府に言えばいい。俺たちスピリストが力になる」


 それだけ残して、ケイは踵を返した。

 彼が仲間の二人に追いつき、その姿があっと言う間に遠ざかってしまうまで、シルキはじっと見送っていた。


「……行っちまった」

「ああ、そうだな」


 シルキの肩を、サトリがぽんと叩いた。

 サトリは妙な金縛りにあったかのように立ち尽くしていたシルキと討伐隊たちを促し先頭を歩き始める。

 もと来た一本道をたどると、程なくして皆が暮らす住宅地へとたどり着く。そのはずれに隣町へと続く道がのびており、シルキは無意識にその先を目で追うが、そこを通ったであろうケイたち三人の姿はもうなかった。


「……スピリスト、か」


 胸中の何万語を込めて吐き出す。その言葉はすぐに風にさらわれたが、シルキの中に深い余韻を残し、いつまでも響きわたっていた。


「あ、シルキ! よかった無事だったのね!」


 ぼーっと歩いていると、不意に甲高い声が飛んできた。シルキはハッと顔を上げると、若い女性がこちらへ駆け寄ってきた。

 女性はシルキをぎゅっと抱きしめる。背中に回された手が震えているのに気づき、シルキは小さく謝罪の言葉を口にした。

 いなくなった子供たちの親類をはじめ、町の人々は家から躍り出るようにしてシルキたちを迎えると、涙を流して安堵した。ようやく張りつめていた空気は和らぎ、暖かな町が戻ってきたようだ。

 女性はシルキの頭を撫でると、涙に濡れた目を細めた。


「聞いたわよ、みんな無事で……本当によかった」

「うん、お姉ちゃん。本当に……」

「あ、でも……」


 女性は不意に、顔を曇らせた。

 シルキはそれを見て悟る。ああ、もう話は姉にまで伝わっているのか。

 ならば再会を喜ぶのはこれくらいにして、他の家族への感謝と謝罪と、これからやるべきことを考えなければ。

 精霊たちのために。

 そう、まずは自らの祖父に……現町長へ報告と相談を。

 そんな思案に暮れるシルキを、姉の言葉が粉々に打ち砕いた。


「ねぇシルキ、おじいちゃんは一緒じゃなかったの?」

「え?」


 シルキはあっけにとられて目を見開いた。


「な……じいちゃんは町に戻ってないのか!?」

「え、ええ。今朝子供たちを探しに行くって家を出たきり、連絡もとれないの。あの森で……会わなかったの?」


 姉の顔が見る間に青ざめていく。シルキも全身からざっと血の気が引く感覚を覚えた。


「……そんな、でも昼前確かに公園で会った。だけどそれ以後は……」


 たどたどしく口にした言葉は、明らかに震えていた。


「じゃあ、じいちゃんは一体どこに……?」


 嫌な予感に、背筋が芯まで凍り付く。祈りを込めるかのようにして、シルキは掠れた声を絞り出した。





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