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7-6 音が呼んでいる



「ユウナ? ど、どうしたの突然……」


 声の主はユウナだった。

 驚いて振り向くと、ナオだけでなくケイやハルトも目を丸くして彼女に視線を集めている。

 彼らの記憶にある限り、ユウナが先ほどのような鋭い声をあげることは滅多になかった。

 見ると、彼女はひどく緊張した表情で忙しなく視線を彷徨わせている。

 辺りを警戒しているように見えた彼女に、ケイは遠慮がちに声をかけた。


「ユウナ?」

「ピアノの音が聞こえるの」

「ピアノ?」


 フレイアを含む四人の声が綺麗に重なり、反復した。

 じっと耳をすませているユウナの髪と服が僅かに靡く。精霊石は淡く光っており、いつの間にか能力を発動していたらしい。

 それに倣い、三人も遅れて発動すると聴覚を研ぎ澄ませる。だが、ピアノらしい音は聞こえなかった。


「うーん……」


 しばらく両手を耳に添えていたハルトだったが、聞こえてくるのは風と衣擦れの音くらいだ。諦めると、彼はまたユウナを見やる。


「オレには何も聞こえないや。ユウナ、よく聞こえるね?」

「…………」


 ハルトに答えることもなく、ユウナは目を閉じる。

 風の音を掻き分け、美しい旋律にそっと手をのばすように、彼女の指先がぴくりと動いた。


「……あっちから聞こえるわ。とても綺麗で優しい音……」


 独り言ちるように言うと、ユウナはそっと目を開けた。

 先ほどまでとは違い、彼女の青い瞳は指で示した方向へと固定されている。

 そのままケイたちの反応を待つこともなく、彼女は足を踏み出した。


「ユウナ、どこに行くんだっ!?」


 ユウナはどこか危なげな足取りだった。

 夢を見ているかのようなユウナにケイたちは戸惑うが、一度顔を見合わせたあと、すぐに彼女を追いかける。


「ユウナ! 情報集めは……?」


 ユウナの背にそう言いかけて、ハルトはそこで口を閉じる。

 ふらふらとしながらも、彼女の見つめる先は変わらない。応えることも、振り返ることもしなかったからだ。

 得られるかもわからない情報を求めて闇雲に動くよりも、色違い(ユウナ)に何かが見えているのならば彼女に頼るべきなのではないか。

 今も任務の最中なのだ。それは、町から出られないということを意味する。

 宗教の町ということを理由に、この町には政府支部が存在しない。そういう意味でも、任務を早く終わらせるに越したことはない。


「…………」


 長い睫をそっと伏せると、ユウナはどこかへ向かって歩き始める。

 

「コード? いいえ、調がばらばらで統一性がない。なのに、なぜ……」


 口の中でもごもごと何かを言っているが、ケイたちには全く意味が分からなかった。

 ナオは再びフレイアを鞄の中へと促す。

 移動するのであれば隠れた方が良いだろう。明らかにユウナの雰囲気が変わったのを目の当たりにしてか、フレイアも今度は大人しく従う。

 ユウナはじっと耳を澄ませている。それに合わせるかのように、彼女の精霊石の輝きが強くなった。


「呼んで、いるの……?」


 それを最後に、ユウナは口を貝のように閉ざした。

 彼女はまるで何かにとりつかれているかのようだった。それでも足を止めず、分かれ道も迷わず進む。

 進むたび、住宅街からはどんどん遠ざかる。

 建物の数も、その中から時々感じる鋭い視線もやがてなくなっていく。道は細くなり、目に見える草木が増えていく。町の面積は広いが、教会が存在する中心部や住宅地を除くと、あまり開発されているとは言えないようだ。


「この町、隠れるところはいくらでもありそうだね」


 ハルトが呟く。

 この広大な町を捜索するには、やはり骨が折れそうだ。だからこそ、『色違い』はこれまで政府の手を逃れてきたのかもしれないが。

 町に政府支部が存在しなくても、政府との連絡手段を絶ってはいない。そうでなければ先の教会でのやりとりはあり得ないからだ。おそらく『色違い』のことも、たまたま任務で町に来た色違いのスピリストあたりが偶然見つけたのだろう。

 そこまで考えて、ハルトは舌打ちをした。


「……都合のいいときだけ頼ろうだなんてムシのいい話だな。いっそ全部切り捨てたなら、『色違い』のことも漏れなかっただろうに」


 誰に同意を求めることもなく、ハルトはそう吐き捨てる。

 ケイとナオも、そして鞄の中のフレイアも、それをただ聞こえないふりをしていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] ナオが言おうとした精霊のことってなんだったんだろう? 自分達の都合によって相手を使い分ける。よくあることだけど、やられる方はたまったものじゃないよなぁ……
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