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7-5 滞在



 教会を後にしてからすぐにユウナは政府に報告を行ったが、ひとまず様子を見ながら町に滞在しろ、という指示が返ってきた。

 その間に、教会には再度政府がかけあってくれるらしい。だが、あの様子ではしばらく時間がかかりそうだ。

 通話を終了すると、機械音を放つ携帯電話を見つめながらため息をつく。

 無意識に空いた手で肩を抱くと、ユウナ自身も驚くほど強ばっていた。

 携帯電話を荷物に押し込むと顔を上げる。そんな彼女を、仲間たちが心配そうに見つめていた。

 ユウナは表情を緩めると、小さな声をあげた。


「取り合ってくれなかったわね」

「仕方ねぇよ。俺たちは神様にゃ嫌われてるだろ」

「…………」


 冷めた目をしてそう言ったケイに、ユウナはまた顔を曇らせる。

 彼の言う通り、教会での出来事は想定内のことではあった。だがそれでも、はっきりと自身に向けられた拒絶と否定の態度など見たくはないものだ。


 たとえ小さな頃から色違いであったとしても、心は決して痛みに慣れたりはしない。

 傷は、何度負っても傷でしかないのだから。


「ユウナ」


 ナオの高い声が耳に飛び込んで来て、ユウナははっと我に返った。


「えっと、ごめんねみんな。政府からはまた指示があると思うの。この町には政府支部がないから、私はそれまで町をまわって情報を集めようと思う……」

「ちょっと、どういうことなのよさっきのは!」


 突如、空を引き裂くかのような甲高い声が響きわたる。

 ナオは文字通り飛び上がると、抱えていた鞄に勢いよく視線を落とす。

 鞄が歪な形に変形しながら揺れている。

 実は少し忘れてしまっていたナオだったが言わずもがな、中に待機させていたフレイアが暴れているのだ。

 このまま中身を全部を燃やされてはたまったものではない。慌てて周囲に人がいないことを確認すると、ナオは鞄を開いた。

 すぐさま火の玉が飛び出してきた。火の粉が弾けると、分かりやすく怒りの表情を浮かべているフレイアが現れた。

 フレイアは普段よりさらに目をつり上げると、背中の翼を忙しなく動かす。彼女が怒ったときの癖である。


「ちょっとアンタたちね、なんであんなボロクソ言われて黙ってんのよっ! 燃やしてやればよかったのにっ」


 火を吹かんばかりのフレイアの怒声が空に反響する。

 荒い呼吸を繰り返す彼女に向けられたのは、悲しげな(ナオ)の表情だった。


「……なによ、どうしたのよ」


 黙ったままじっとフレイアを見上げるナオを見て、フレイアは眉をひそめる。


「仕方ないの。ここだけじゃない、ほとんどの人は神様を敬うことと一緒に、精霊やスピリストが悪いものだと教えられているから」

「はぁ? なんなのよそれ」


 憮然として言うと、フレイアは肩の力がかくりと抜けたのを感じる。

 多くの人間は精霊を忌み嫌っている。今更言われなくても、フレイアもそのくらいのことは理解していたからだ。教会であれだけ暴言を吐かれても飛び出すのを我慢していたのは、それをわきまえていたからに他ならない。

 フレイアの元いた町では友好的な人も多かったが、それでも嫌悪の目を向けられることも少なくなかった。ヒイロやユウナに向けられる冷たい視線とよく似た、異端者を受け入れない者の目だ。そういう人間に対しては、フレイアは無視を貫いていた。


 人間が精霊を忌み嫌っていても、精霊は人間に対し、あまり関心を持たない者が多い。

 生まれた場所に縛られ離れることができない精霊の性質故か、自身の命や場所さえ侵されなければ基本的に無関心なのである。フレイアはその点、人と関わろうとしていただけ珍しい。


「……ごめんね。キミみたいな精霊に出会えば、何か変わる人もいるかもしれないのに」

「なんでアンタが謝んのよ」

「じゃあ、人がどうして精霊やスピリストを嫌うかは知ってる?」

「そんなの知らないわよ。そういうもんだからでしょ?」


 静かなナオの声に、フレイアは心底怪訝そうに顔を顰めた。

 唇を引き結んだままのナオと、しばらくじっと見つめ合う。その中で、フレイアはそういえばと気付く。

 人が精霊を忌み嫌う理由など興味もなかった。考えたことがなかったのだ。


「あのね、精霊っていうのは……」

「静かにっ」


 ようやく口を開きかけたナオを、甲高い声が突然遮った。


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