表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/258

7-4 拒絶

「教会……」


 フレイアはひとりごちた。

 ナオが歩く動きに合わせて揺れながら、煌びやかな建物がどんどん近付いてくる。しかし、荷物の隙間の視界ではすぐに壁しか見えなくなってしまった。仕方なく外を見るのを諦めると、フレイアは手持無沙汰に座り込んだ。


 ふと、鞄の振動が止まる。ナオが足を止めたらしい。


「ここね」


 耳をすませると、張り詰めた声が聞こえてくる。ユウナだ。

 フレイアはまた荷物の内側にへばりつく。途端、眩しい光が飛び込んできて目を覆った。


「ふぐっ!?」

「うわぁ……綺麗なステンドガラスだね」


 フレイアのよくわからない悲鳴を誤魔化すようなタイミングで、ナオが心底驚いた声をあげた。

 目の前までたどり着くとひときわ大きな建物で、四人はただぽかんと口を開けて圧倒されていた。

 教会という建物に、色とりどりのステンドグラスがあしらわれているのは一般的だ。彼らの故郷や今まで訪れた町々のほとんどに教会は存在したものの、どれも比べものにならないほど豪華絢爛で、ただその美しさに見惚れていた。

 ステンドガラスは太陽光を乱反射して七色に輝き、目の前に聳える豪華な装飾を施された門はさながら異空間への入り口のようで、身体が浮かび上がるような心地さえする。

 外観だけでも十二分に美しいが、教会の中は鮮やかな光に満たされ、もっと美しいのだろう。


 光というのは神を象徴する。


 きっと毎日多くの信徒たちがここに訪れ、頭を垂れ、時に涙しながら祈りを捧げて行くのだろう。


「……ところで、この門は今の時間なら開いてるはずだよね普通。歓迎されてない感満載だね」


 眉をひそめながら、低い声で呟いたのはハルトだった。


「ああ」


 ケイが短く答える。

 ハルトの言う通り、普通に考えれば日中は教会は解放されている。神事や祭りなどがあれば話は別だが、そんな情報は入っていない。


「そりゃそうだろ。スピリストは端っから教会には嫌われる存在だ」


 特に気にした様子もなく言うと、ケイは門に手をかけた。押してみると簡単に開いて驚く。どうやら閉じられていただけで、鍵はかけられていなかったようだ。

 四人は顔を見合わせると頷く。門をくぐると、そのまま真っ直ぐに進む。広々として手入れの行き届いた庭を通り抜けると、大きな扉の前にたどり着いた。

 ユウナが一歩前に進む。

 扉に手をかけると、中からピアノの音と綺麗な歌声が聞こえてきた。

 神に捧げる歌だ。今は礼拝が行われているのだろうか。


「――失礼します」


 ユウナは唇をきゅっと引き結ぶと、重厚な扉をゆっくりと開いた。

 まるで彼女を阻むかのように、繊細な飾り掘りが施された扉はとても重い。ユウナは顔を顰めたが、やがて扉は開け放たれた。

 ステンドグラスを通り抜けた光が、視界いっぱいに広がる。

 真っ白な壁も、祭壇も、いくつも飾られている繊細な絵画も、全てが揺れ動く七色に染め上げられている。

 最奥には、巨大な像が佇んでいる。この地方で広く信仰されている神は青年の姿をしていて、慈悲に満ちた表情を浮かべていた。

 鈍いグレースケールの凹凸のみで表現された像は、まるでその身に虹を映したように美しく神々しい。

 極彩色の海の真ん中に放り投げられたようで、四人は言葉を失う。

 彼らとてこれまでに教会に行ったことくらいはあるが、この町の豪華さは想像を超えていた。

 あまりに幻想的なその光景に、ユウナは扉に手をついた姿勢のまま動きを止めていた。


「…………」


 来客に気付いたのか、流れていたピアノが止む。歌い手の女性は歌をやめると、冷たい目をユウナへと向けた。

 ピアノの弾き手と歌い手の他に、教会の中には祭壇に向かって祈る数人の神職者たちがいた。白い礼服に身を包んだ彼らは立ち上がるとゆっくりと振り返る。

 真ん中にいた神職者が踵を返し、立ち尽くす四人に向かって歩み寄ってきた。

 コツコツと乾いた足音だけが、静かな教会に響き渡る。

 一番前に立っていたユウナの前まで来ると、神職者は足を止めて彼女を見下ろした。

 まだ若い男性だった。ユウナと比べるとかなり背が高い。ユウナは首を持ち上げると、真っ直ぐに彼を見上げる。

 それに気付いてか、神職者は大げさに腰を折ると、ユウナに向かって恭しく一礼した。


「ようこそおいでくださいました」

「え……は、はい」


 警戒を強めていたユウナは、思いの外丁寧な物言いに思わず口籠った。


「――ですが、お引き取りくださいスピリストの方。ここにリュウはいません」


 しかし、静かだが強い口調で、神職者は続ける。

 ユウナを見る彼の目は、町中で投げかけられた冷たい視線と同じものだ。

 明らかな拒絶だった。

 それでも怯むわけにはいかない。ユウナは目尻を吊り上げると、努めてはっきりとした声で返した。


「そういうわけにはいきません。私は政府の命令を受けてここにいます。彼の居場所を教えてください」

「黙れ、この色違いがっ! この神聖な教会にお前のような汚れた精霊もどきが本来足を踏み入れることもままならんっ」


 間髪入れず、奥にいた神職者たちが怒声をあげた。高い天井に幾重にも反響し、ユウナの鼓膜を何度も揺さぶった。


「ひっ……」


 ユウナはびくりと肩を踊らせた。か細い悲鳴が漏れ、辛うじて床を踏みしめていた足が震えだす。

 目の前の神職者が唇を邪悪に吊り上げたように見えた。彼が口を開こうとしたところで、今度はケイが声を荒げた。


「はぁ!? てめぇそれでも神職者かよっ……!」

「ケイ、だめっ」


 慌てたナオがケイの腕を掴む。それにケイが押し黙ると、ナオはすかさず鞄にも目をやる。中でフレイアが臨戦態勢を取っているのが気配で分かったからだ。


「くそ……っ」


 思わず飛び出そうとしたのを堪えると、ケイはされるがままにナオに引き戻される。

 戦闘許可は出されていない。そもそも相手はスピリストですらない一般人だ、何があっても攻撃はできない。

 唇を噛みしめるケイを、ユウナは縋るような目で振り返る。それに勢いづいたのか、先ほど声を荒げた神職者が彼女を指差して罵った。


「いや、この教会だけではない。この町にすらお前たちが入ることは許されないのだ。それをわきまえず、この娘の何たる無礼かっ」


 彼と列を連ねる他の神職者たちは口を開くことはなかったが、同じ拒絶の表情であることが見て取れる。


「…………っ、それは関係ありません、政府の……」


 ユウナは唇を噛むと、震える声を賢明に隠して口を開く。

 しかし言い終わる前に、彼女の前に黄色い影が差した。


「――確かに、オレらが無礼って言われたらそうかもしれないけどさ。でもそれじゃあ、なんで『リュウ』のことは隠すの? だってそいつも『色違い』なんでしょ」


 ユウナを背後に押しのけ、割り込んだのはハルトだった。口元に不敵な笑みを浮かべながらも、彼の目は鋭く光る。誰が見ても明らかな挑発だった。


「黙れ、リュウは色違いではないっ!」


 男は顔を真っ赤にして声を張り上げた。

 目を見開き、わなわなと震える神職者を見て、ハルトは唇をさらにつり上げる。


「へぇー、どうして違うの? 『リュウ』が他の色違いと何が違うのか、会わせてくれないなら教えてよ。あんたのその立派なお口は、迷える子羊にありがたい神の教えを説くためにあるんだろう?」

「こんの……っ、クソガキがっ!」


 男の額に青筋が走る。ついに前のめりになった彼を見て、ユウナが短い悲鳴をあげた。

 ハルトは彼女を背に隠すように立つ。


 仮にこのまま男が飛びかかってきたとしても十分に対処できる。もうひと押しだ。相手が冷静さを欠けば欠くほど、何か付け入る隙が見えてくるかもしれない。


「やめなさい、ここは教会ですよ」


 しかし、ハルトの淡い期待は静かな声に打ち砕かれた。

 口を開いたのはハルトのすぐ目の前に佇んでいた神職者、最初に拒絶の姿勢を見せた男だ。

 飛び出そうとしていた男を制すると、彼はそのままハルトに向き直る。

 そして、反論を許さない固い口調で言った。


「とにかく、お引き取りください。神の意思に背き、精霊と同類とも言える存在に成り下がったスピリスト(あなたがた)と話すことはありません」

「…………」


 お互い睨みつけるような鋭い視線が交錯する。

 ハルトは片眉を跳ね上げた。

 これ以上食い下がっても、牙城は崩せそうにない。


「ハルト」


 低い声が背後から飛んでくる。一番後ろにいたケイだった。振り返ると、瞬時に意図を理解したらしいハルトは小さく頷いた。


「ああ」


 短く答えると、ハルトは踵を返した。

 ここは引くべきであると判断した。再度政府に指示を仰ぐしかないようだ。

 四人は神職者たちに背を向けると、無言のまま教会を後にする。

 扉を閉める直前、ユウナはふと背後を振り返る。

 色とりどりのステンドグラスも、今は全て色あせて見える。

 奥に佇む神の像だけが、ひどく美しいまま彼女らを見送っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 教会には教会の考えがあるんだろうけど…… でも、その拒絶の仕方はちょっと スピリストは人として見られてないのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ