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7-3 ユウナの任務



『アウロラ』の町に住んでいる『色違い』に会い、供に政府に帰還すること。


 それが今回の任務の内容だった。

『色違い』は十二歳の男の子だという。

 ユウナよりひとつ年下、今年初等学校(アカデミー)を卒業した年齢だが、未だに政府の招集命令に応じないのだそうだ。

 もちろん、政府がそれを許すはずはない。しかし再三の命令にも彼は無視を貫き、町を離れようとしないのだという。


 つまり、ユウナに下された任務は実力行使だ。

 彼を速やかに政府に連れ帰ること。

 任務のメールの最後には、手段は選ばなくて良いと記載されていた。その言葉の意味することなど考えたくもなかった。


 ユウナは再び歩き始めた。目的地まではもう目と鼻の先だ。彼女の後を追ってナオ、ハルトと続く。ケイはフレイアに気を使ってか、僅かに距離をあけながらついて行った。

 フレイアはケイの頭の上でどっかりと胡坐をかく。思ったよりも居心地が良いのか、この短い付き合いの中ですでに何度か椅子替わりにされているケイだった。

 フレイアはユウナの後ろ姿を見つめる。

 奇抜な色の髪が、歩く動きに合わせて左右に揺れていた。


「色違いに色違いを迎えに行かせるだなんて、残酷ね」

「ああ……」


 想いを馳せるような声音だった。独り言ちたフレイアに、ケイは小さく頷いた。

 しかし、まだスピリストになっていない色違いの魔力を認識できるのは同じ色違いだけだ。ケイたちのような一般のスピリストでは務まらない。フレイアもなんとなく事情は理解しているようで、それ以上は口を閉ざした。


「あ、フレイア。キミは町に着く前に隠れた方がいいかも」

「は? なんでよ」


 ふと、勢いよく振り向いたナオの声に、フレイアは不機嫌そうに片眉を跳ね上げた。

 言葉の内容がお気に召さないらしく、ケイの頭の上で戦闘態勢を取りそうな勢いだった。火系だからか本人の性格ゆえか、本当に怒りの沸点の低い精霊である。

 ナオは困ったように眉を下げた。小走りで元来た道を戻ってくると、怪訝そうなフレイアをじっと見上げる。


「あそこ、特に熱心な信徒が集まる宗教の町なの。だから、精霊に対して良く思わない人も多いらしくて……」

「ええ? 宗教だかなんだか知らないけどそれがどう精霊と関係あるのよ」

「いいからお願い。キミに嫌な想いをしてほしくないの」


 食い気味に言うナオは、もはや懇願するかのようだった。フレイアの返事を待たず、鞄を開けて入るように促す。

 思わず気圧されたフレイアは、肩を強張せながらも頷くしかなかった。


「わ、わかったわよ」


 渋々といった様子だったが、フレイアは翼を広げるとケイの頭を蹴って飛び立つ。

 風を受けながら降下し、そのまま鞄に足から入って行った。


「って、お前そこ入ったら荷物燃えねぇのか?」


 炎の翼を折りたたむフレイアを見て、思わずそう言ったのはケイだった。

 ある意味火の塊が布製の鞄の中に入って行く光景は傍目にはかなり異様だったが、フレイアはさらに機嫌が悪そうな顔でケイを見る。


「だいじょうぶだよ。フレイアの身体に触れても別に火傷しないし」

「まぁそうだが……」


 ナオは鞄を軽く叩いてフレイアを宥めるとフォローを入れる。ケイは腕を組んで唸るが、確かにナオの言う通りだった。フレイアに椅子代わりにされても全く熱くないのだ。見た目は全身に燃え盛る炎を纏っているというのに違和感たっぷりである。

 フレイアは鞄の隙間から顔を覗かせると、半眼をしてケイを見上げた。


「なによ、文句あるならアンタの髪全部むしって捨てるわよ」

「なんでそうなるんだよっ!?」

「ついでに燃やすわよ」

「やめろよっ、毛なくなるだろ!」

「任せなさい、お望み通りつるぴかにするわよ」

「望んでねぇよっ!」


 本当に火をちらつかせながらフレイアは言う。

 なぜ髪の毛が犠牲にならなければいけないのか意味が分からないが、おそらくただの八つ当たりである。言うだけ言うと満足したのか、フレイアは顔を引っ込めて鞄の中に隠れてしまった。

 ナオが鞄を閉めると同時に、前方からハルトの早口が飛んできた。


「おい、とりあえずさっさと行こうぜ」

「あ、うん」


 ナオはケイを促すと、並んで立っていたハルトとユウナの元へと駆け寄る。


「ところでユウナ、その色違いの子はどこに行けば会えるの?」

「教会よ」

「ほえ?」


 ひときわ大きく見えるひとつの建物を指差しながら、ユウナは答えた。それを見ると、ナオは大きな目をさらに丸くする。

 遠目に見ても煌びやかで立派な建物だった。住宅地と思われる場所にある建物と比べると歴然だ。


「教会に住んでるの? 神職者か何かか」


 首を捻りながらそう言ったのはハルトだった。ユウナは携帯電話を取り出した。


「ええ、教会で働いていたらしいんだけど、彼は弾き手なの。とても上手なピアノ奏者だって聞いているわ」

「ピアノ?」


 怪訝そうな声で反復したハルトに、ユウナは携帯電話をなぞりながら頷く。


「彼の名前はリュウ。小さい頃から初等学校(アカデミー)の教師だった母親に連れられて教会に通っていたそうで。毎日ピアノを弾いているうちに、神事の際の弾き手になったそう」

「そうなんだ。すごい子なんだね」


 ナオは思わず感嘆の声を漏らす。

 それにユウナはまた眉根を寄せた。


「ええ。一時は神童と呼ばれるほどだったそうだけど……色違いである以上弾き手は勤められない。でもそれに母親が強く反発しているみたいでね……」

「そりゃそうだろうね。そんなに才能があったんなら」


 ハルトの淡々とした声が、やけに冷たく響く。

 ユウナは目を伏せると携帯電話を仕舞う。


「……そうね」


 それ以上はほとんど会話をすることもなく、彼らはやがて町へとたどり着いた。



 四人を出迎えたのは、明らかな嫌悪と警戒の眼差しだった。

 人口はさほど多くない町と聞いていたが、大通りには実際人が少ない。いや、真昼だと言うのに、不自然なほど人通りがなかった。

 商店や住宅と思われる建物は皆窓も扉もぴっちりと閉ざされている。時折その内側に見える人影は、四人の姿を真っ直ぐに睨みつけているようだった。

 いくつもの視線が鋭く突き刺さる。

 そのたびにユウナの手や瞳が忙しなく動いていたが、彼女はぐっと唇を引き結んで耐えていた。目的地まで足は止めない。


 スピリストが、つまりユウナが町を訪れるということは、おそらく事前に政府から町へと知らされているはずだ。任務の邪魔をしないように釘を刺されているため、町の人間がユウナに危害を加えるようなことはない。頭上から石や水でも降ってきそうな物々しい雰囲気だが、今のところ大丈夫なようだった。


「…………?」


 こっそりとナオの鞄の隙間から外を覗いていたフレイアは、周りの異様な空気を感じ取って肩を強ばらせる。

 必死で辺りの様子を伺おうとするが、そのたびに揺れてひっくり返りそうになっていた。


「ぐえっ」

「しー。フレイア、ばれないように静かにしててね」


 鞄の中で孤軍奮闘するフレイアを、ナオが小声で諫める。

 ナオの早口は明らかに張りつめていた。ケイやハルトも一切口を開かないでいる。

 いつもなら文句の一つも返したいところだが、さすがのフレイアも小さく唸るだけに留めた。


「なんなのよ、ここ……」


 したたかに打ち付けたお尻をさすりながら、フレイアは眉根を寄せる。

 再び鞄に額を貼りつけると、少しだけ開いているチャックの隙間から外を覗く。

 ナオの服が衣擦れの音とともに揺れている。ほとんど景色など見えなかったが、何かを察したらしいナオが手に持っていた鞄をさりげなく身体の前に持ち替えた。


「きゃっ」


 鞄が大きく揺れると同時に、フレイアの視界が少しだけ広がる。がらんとした道の向こうには、町に入る前に見た建物があった。



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