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7-2 ユウナ


 フレイアやヒイロと出会った『クレナ』の町で、三人の幼なじみであるユウナと再会してから三日が経っていた。

 別れてから一年以上の時を経て、ようやく会えた同郷の少女。

 懐かしさがこみ上げ、ナオなど全力でユウナに抱きついて離れようとしなかったのだが、無慈悲にもその時間は長くは続かなかった。

『色違いであると確かめるため、ヒイロに会う』という任務を終えたユウナに、すぐに次の任務が命じられたのだ。


 もっと彼女と話がしたい。

 もっと一緒にいたい。


 その想いから、気付けば三人は政府に嘆願していたのだ。

 彼女と過ごすこと。つまり、任務に同行させてほしい、ということを。

 結果としてケイたちに次の任務の命令があればすぐに対応することを条件とし、ユウナへの同行は認められた。


 ケイたちにとってユウナは、十二歳まで故郷の町で一緒に一緒に育ってきた幼なじみだ。

 十二歳とはつまり、初等学校(アカデミー)を卒業した年までだ。ともに育ち、学び、遊んできた大切な仲間だった。

 十三歳になった現在の彼女は、ケイやハルトともそう変わらないほどに身長がのびていた。時折儚げな笑みを浮かべる彼女は小さな頃から町でも評判の美少女だったが、少しだけ大人に近付いたことで、ますます美しくなっていた。

 しかし、彼女は生まれたその時から『色違い』としての運命を背負い、過酷な人生を強いられることが決まっていた。

 長い睫が影を落とす瞳は、深海を思わせる深い青色。これだけなら時々存在する色合いだが、彼女の髪は紫がかったピンク色をしていた。さらにところどころにメッシュを入れたように青色が入っており、太陽光が当たる角度によって微妙に色が変わって見える。


 もちろん、髪を染めているわけではない。生まれつきのものだ。


 その奇抜すぎる髪色は嫌でも周囲の目を引き、また嫌悪の対象にされた。

 ケイたちは見慣れてしまったが、初対面の人が見れば異質な色であることは間違いない。実際、この数日間ともに過ごしていて何度も道行く人に振り返られていた。


 嫌悪の目を向けられるたびに微笑を貼りつけるだけの彼女を、ほんの少しの間でも守りたい。


 三人はそう心に決めると、この三日間はつかの間の思い出話を楽しみつつ、任務で指定された町へと歩を進めてきたのだった。

 問題があるとすれば、フレイアがずっとユウナを警戒し続けていることだけだ。

 ユウナに同行することにも難色を示したフレイアをあの手この手でどうにか言いくるめたものの、全力でユウナから距離を取ろうとし続けているのは前述の通りである。

『色違い』とは他人よりも強い魔力を持って生まれた人間だ。

 ユウナの能力は『水』、つまり生まれ持った魔力も水系だということである。『クレナ』の町ではフレイアが火系の魔力を持つヒイロに惹かれていたこととは逆のことが起こっているのだ。

 水は嫌いだと公言しているフレイアである。また、それを隠してまでわざわざ人と関わろうとするほど穏和ではない。

 しかし精霊使い()であるナオから決して離れることができない精霊()は、結果として完全にへそを曲げてしまった、というわけである。

 最初はどうしたものかと頭を抱えたが、ユウナに攻撃するようなことはないだけ良いと早々に割り切ったナオだった。

 フレイアが何か陰湿なやり方で手や足や口を出すとは考えにくい。それより先に炎をぶっ放すような性格なので大丈夫だろう。

 ナオは前を歩くユウナにちょこちょこと駆け寄ると、彼女の顔を覗き込んだ。


「ねぇユウナ。キミこそだいじょうぶ? ひとりで辛い想いしてない?」

「ナオ……」


 ユウナは目を丸くすると思わず足を止めた。さらにその前を歩いていたケイとハルトも、ナオの甲高い声に振り向く。

 ナオの大きな瞳の中で、光の玉がゆらゆらと揺れている。


「ナオ」


 ユウナは穏やかに言うと、ナオをそっと抱きしめた。


「ほえっ!?」


 柔らかくて温かい感覚に包まれ、ナオは思わずひっくり返った声をあげた。

 まっすぐで綺麗な髪から良い匂いが漂う。思わず酔いしれてしまいそうになりながら、ナオは下唇を噛んで俯く。


「……だいじょうぶよ。心配しないで」

「ユウナ……」


 ナオの目に、大粒の涙が浮かんだ。


 ユウナを取り戻したい。

『色違い』だからというだけで、彼女の人生さえも奪った政府から。


 そう強く思って、ナオはユウナの背中に手を回す。

 ユウナは黙ったまま、ナオの頭をそっと撫でる。鼻先を肩に擦りつけるナオに、ユウナはふと動きを止めた。


「…………」

「うえ?」


 何か違和感を感じたらしい、ナオが顔を上げると、ユウナと正面から向かい合う。いいや、どちらかと言うと見下ろされていた。


「…………」

「…………」


 終始穏やかな表情だったが、ユウナは何か言いたげだ。

 徐々にその何かを察したナオは、瞬きを繰り返していた目をやや細める。

 そうして案の定、ユウナの口からナオにとって爆弾のような一言が投下された。


「……ナオ、ちょっと縮んだ?」

「ぴゅえっ!?」


 奇声一発、ナオはユウナから飛び退いた。

 わなわなと震えながらユウナを見上げると、ナオは目元に残っていた大粒の涙を飛び散らせた。


「ち、縮んでないもん! 違うもん、ユウナが大きくなっただけだもんっ」


 顔を真っ赤にしながら、ナオは全身を使って抗議した。

 そのあまりに必死な様子に、ユウナはくすくすと笑い出した。ハルトなど一瞬固まった後、遠慮なしに笑い転げている。ケイは気まずそうに顔をひきつらせていただけだったが。

 つまり、ユウナはナオとの身長差が広がった気がする、と言いたいわけだ。

 ナオは昔から仲間内で一番小柄だった。同い年の男の子たちはおろか、女の子の中でも体格で勝ったことはない。

 フレイアほどではないにしろ、少なからず身長を気にしているナオにとっては聞き捨てならない暴言だった。

 ハルトは肩を震わせながらナオに歩み寄る。彼はまだ大いに笑ったままで、これもまた悪意しか感じられない。


「確かにナオの背は伸びてないよねぇ。オレとケイはちょっとずつ伸びてるからだんだんナオを見るときの目線が下に向いてる気がするー」

「伸びてるもん! ちょっとずつだけど私も大きくなってるもん!」

「そうかな……?」

「ケイひどい! きらい!」


 ついにはナオの怒りはケイにも飛び火する。余計な一言を放ったケイが悪いのだが、それを真顔で言うのだから効果覿面だった。

 ケイはナオに言われたことにショックを受けて固まっている。そんな彼に少し同情するも、ユウナはいまだくすくすと笑ったままだ。

 ナオは頬を膨らませて唸る。先ほどのフレイアとそう変わらない、幼子そのものの顔だった。

 ユウナは隣にいたハルトと顔を見合わせた。


「そうね、ごめんねナオ。つい……」

「ナオはそのままでいいってことだよ。でも、ユウナすごく背伸びたよね。あ、フレイアは火しまえよ」


 そのまま二人でナオを宥めにかかる。上空からフレイアが猛禽類のような目で睨みつけてきていたが、禁止用語が飛び出さないうちに先手を打ったハルトだった。明らかに『小さい』と言われないか警戒をしていたようだったが、フレイアはまたぷいと顔を背けた。


「……そうよね。一年以上会っていなかったんだもの、皆変わっていって当たり前だわ」


 ふと、ユウナは声を落とした。切なげに目を細めると、三人を順番に見やる。


「戻りたいわね、昔に」


 そして、そっと呟く。

 その言葉だけがやけに大きく、幾重にも反響するようだった。

 その後に訪れた音が消え去ったかのような静寂が、しばしの間彼らを包み込む。

 それを破ったのは、ぱたぱたという小さな羽音だった。

 微動だにしない四人の様子を見て痺れを切らしたのか、フレイアはゆっくりと下降し彼らに近づく。

 ユウナからは一番離れた位置に立っていたケイの頭の上に着地すると、フレイアはそのまま座り込む。

 仕方ないと言わんばかりに唇を尖らせると、フレイアは睨みつけるようにユウナを見やった。


「任務とやらがあるんでしょ? 行かなくていいの?」

「え、あ……」

「うん、そうだね」


 思わず口籠るユウナの代わりに頷いたのはナオだった。

 フレイアの言う通りだ。やるべきことは目の前にある。

 スピリストである以上、逃れることはできないのだから。


「――行くわ。任務を果たしに」


 言うと、ユウナは再び遠くに見えていた街並みに目を向けた。




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