7-1 一緒にいたい
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細く、あまり整備されていないらしいでこぼこ道が、駅から遙か遠く離れた町まで一直線に繋がっている。
ざりざりと土を蹴る音を幾重にも重ねながら、四人の少年少女たちがただひたすらに道を進んでいた。
彼らの表情は堅く、どこか浮かない。
口数も少なく、うつむきがちになりながらも、彼らは足を止めない。
「――ユウナ、まだ着かないのか?」
居心地が悪かったのか、ケイは何度めかの質問を投げかける。
しばらく黙っていたためか、ややひっくり返ってしまった声がどうにも情けない。
一人で苛立つケイに、ユウナは振り返りもせず静かに答えた。
「あと少しのはずなんだけど。あ、あれだわ」
言うと、ユウナは足を止め、細い指を持ち上げる。その先を追うと、遠くにごく小さな街並みが見えた。
ケイたち三人が彼女の一歩後ろで立ち止まると、ユウナはようやく振り返る。
唇は固く引き結ばれていたが、瞳は少し揺れていた。
四人は今、とある任務に向かっていた。
目的地は、列車の通らない奥地だった。
『クレナ』の町から舟と列車を乗り継ぎ、さらに歩くこと数時間。ようやく目的地に近づこうというところだ。
「あれが『アウロラ』ね。閉ざされた宗教の町っていう」
再び街並みに目をやると、ユウナはそっと呟く。
「ユウナ」
華奢な肩に、ハルトは無意識に手を置いていた。
はっと目を見開いたユウナの横顔は、この任務を命令された時からずっと悲しげだった。
「どっかで聞いたことがあると思ったら、でっかい教会が有名な町だよね。昔初等学校でも習った気がする」
「ええ」
頷くと、ユウナは携帯電話を取り出す。
画面を数回タップすると、ひとりの少年の写真が表示された。
ユウナの手元を、三人が両側から覗き込む。
金髪碧眼の男の子だ。写真で見る限り、ケイたちよりも少し年下くらいの年齢に見える。ユウナは携帯電話を持つ手に力を込めた。
ユウナに命じられた任務は、この少年に会いに行くことだった。
「その『色違い』の男の子はこの町に住んでいるんだよね」
目尻をきゅっと吊り上げ、そう言ったのはナオだった。彼女だけでなく、ケイとハルトもすでに表情を引き締めている。
ユウナだけが、迷いを滲ませて顔を歪めていた。
「ええ。でも、皆は本当に私と一緒に来てもいいの? これは私の任務なのに……」
「ああ」
「もちろん、ちゃんと政府に許可ももらったしね」
遮るようにして、ケイとハルトが応える。
ユウナは顔を上げると、瞬きを繰り返して彼らを見る。そうしてナオを含む三人に笑顔を向けられるという一連のやりとりを、この数日の間で何度も繰り返してきた。
「……ありがとう。だけど無理はしないで。皆まで悲しい想いをする必要なんてないんだもの」
ユウナはそっと笑みを浮かべる。
幼い頃から何度も見たユウナの笑顔。
触れると壊れてしまいそうなほど悲しげで、淡い色の髪のように儚げなその表情を、ケイは何も言えずにじっと見つめていた。
「ふえ?」
ぱたぱたという羽音が通り過ぎたのを聞き取ると、ナオは気の抜けた声を上げて振り返る。
赤い火の塊がふわふわと遠ざかると、道の後方に立っていた木の後ろに隠れた。
ナオが眉根を寄せて木を見つめていると、小さな金髪頭がひょっこりと現れる。まるで木に生えた黄色いキノコのようだ。
精霊フレイアはしかめっ面を全面に出しながら、木の影から様子を伺っているらしい。もっとも彼女は炎を操る火山の精霊であり、炎の翼が明るく目立つのであまり隠れる意味はないのだが。
ナオはため息をついた。
「フレイアー、だいじょうぶ?」
やや呆れを含んだ声だった。それを敏感に感じ取ったのか、フレイアはぷいと顔を背けてしまった。まるで拗ねた子供そのものである。
「フレイア、いい加減ユウナに慣れてよ……」
「いやよ」
即答である。
頑ななフレイアの横顔に、ナオはさらに深く長いため息をついた。
フレイアがユウナと出会った瞬間から、全身の毛を逆立てる勢いで警戒を露わにしていたのは知っていた。しかし、彼女がこれほど強固に拒絶するとは思わなかったのだ。
最初は驚き、次に非難めいた目を向けてしまったものだが、その理由についてはユウナの手首を見た瞬間に理解した。
ユウナの左手首の精霊石は濃い青色をしていた。ユウナのきれいな瞳と同じ色だ。つまり。
「私が『水』の能力だからね。前にも火系の精霊には同じような反応をされたわ」
高い声とともに、ナオの背後からユウナが歩み寄ってくる。
当のユウナは眉を下げると、首を横に振ってみせただけだ。それにはフレイアでさえばつが悪そうに顔をしかめたが、本能的なものから来る拒絶はそう変えられない。
「仕方ないでしょ、アタシは水が嫌いなのよ」
「理由はわかるけど……」
ナオは悲しそうに言う。しかし、精霊というものの性質上どうしようもないのもまた事実なのだ。フレイアはそっぽを向いたまま、今度は木の上の方に上昇していった。
「フレイアー、後ろからちゃんとついてきてね」
口元に両手を当ててそう叫ぶと、諦めたナオは踵を返してまた歩き始めた。




