6-40 それぞれの旅立ち
6章はこれで完結です。ありがとうございました。
7章に続きます。
「失礼します」
現れたのは、政府の制服に身を包んだ一人の女性だった。
ナオをフレイアの元に行かせてくれた、『クレナ』の町の支部職員だ。彼女もまたここに避難しているのだろう。
何かを言おうと口を開いたナオを押しのけるようにして、女性職員は足早に部屋に入てくる。
そのまま迷うことなくヒイロに目を向けると、相変わらず淡々とした口調で言った。
「ヒイロさんは荷造りができ次第、待機していてください。もうすぐここに『色違い』のスピリストが来ますので」
「え……?」
途端、その場が凍り付く。
警戒心に満ちた表情でハルトの後ろに隠れたヒイロを見て、職員は面倒そうに続けた。
「いえ、ただ会っていただくだけですよ。色違いのスピリストには他の色違いのことが魔力で認識できるそうです。あなたの魔力の確認のためですよ。彼女に会ったらすぐ、こちらの職員ともに発ちます」
ではそのつもりで。と、女性職員は一礼するとすぐに踵を返し、去っていった。
「魔力の、確認……」
ヒイロの顔が曇る。
ハルトの服を握る手に力を込めると、ハルトは彼女の肩に手を置いた。
「へーえ、ずいぶん慎重なことだね政府様。色違いは漏れなく、間違いなく集めようってことか」
ハルトは閉まる扉を見つめたまま毒づく。
ヒイロは黙って首を横に振る。仕方がないと言外に示した彼女に、ハルトもそれ以上は口を閉ざした。
数呼吸ぶんの間、沈黙が流れる。
それを破ったのは、ふんと鼻を鳴らしたフレイアだった。
「……分からないわね。スピリストでさえ弱いのに、ヒイロの持つ魔力なんてたかが知れてるわ。くだらない」
ケイの頭の上でふんぞり返るフレイアに視線が集まる。頬に触れた金髪を鬱陶しそうに払うと、彼女は心底呆れたように目を眇めた。
「精霊に言わせりゃ、人間なんてみんな同じなのよ。髪があって目と鼻と口があって、手足がついて動いて話すだけの生き物。色なんてどうでもいいわ。強いて言うなら多少大きさが違うのと、ついてるものがあるかないかじゃないの」
「いや間違ってねぇけどその認識はやめとけ」
その言葉の後半に対して、ケイはつい突っ込みを入れる。固まるナオとヒイロをよそに、ハルトが何故か嬉しそうに吹きだしていた。
フレイアも普通に男女と言えば良いものだが、至極真剣な顔をした彼女も相まってつぼに入ったらしい。
室内に響くハルトの笑い声と、流れる微妙な空気。それらを一切気にすることなく、フレイアはさらに言いつのる。
「っていうか純粋に疑問に思うんだけど、足の間に常になんかついてるのって邪魔じゃないの?」
「いや大真面目に聞くなよ」
「生まれたときからついてるし邪魔とか考えたこともないなー」
「お前も大真面目に答えんなっ」
ケイの怒声をよそに、ハルトは頭の後ろに手をやって笑い続けていた。
フレイアは悪びれる様子もなく「そういうもんなのね」等と納得している。
その時だった。
「――失礼します。政府からの指示で参りました」
再び響いたノックの音とともに、鈴を転がしたかのような高く落ち着いた声が聞こえてくる。
「あ……」
ヒイロが声をあげて扉を見やる。
先に女性職員が言っていた色違いのスピリストだろうか。ずいぶんと早い到着だ。まだ荷造りを終えていないことに焦るヒイロはふと、違和感に気付いて後ろを振り向く。
ケイたち三人が、その場で微動だにせず立ち尽くしていた。
扉に穴が開くかというほど凝視し、三人は揃って驚愕の表情を貼りつけたまま動かない。訝しむフレイアが頭の上から飛び立っても、ケイは気付いていないかのようだ。
「この、声は……」
ハルトの唇が小さく動く。彼の頬を、汗が一滴伝い床に落ちた。
「あの、どうされました? 開けますよ?」
反応がないことに、扉の向こうからはやや困惑の色を含んだ声が扉の聞こえてくる。
それにさえも、三人は誰も答えない。沈黙を是と捉えたのか、そのまま扉が開いた。
ゆっくりと、部屋の前に佇む人物の姿が露わになる。
そこにいたのは、一人の少女だった。背丈はケイやハルトとそう変わらない。
癖のないさらさらの長髪は、紫に近いピンク色。さらにところどころメッシュのように青色が混ざっている。
風に遊ぶその奇抜な色は嫌でも目を引いて、宙に浮いていたフレイアは無意識に身構えた。
フレイアは一目見て確信する。目の前の少女は、間違いなく色違いだ。
「失礼し……え?」
言いかけて、少女は踏み出そうとした足を止める。
彼女もまた部屋の中にいたケイたち三人を見るなり、凍り付いたように動かなくなったのだ。
「……ユ、ユウナ!?」
沈黙を経て、思い切り叫んだのは三人同時だった。
そのあまりの音量にようやく我に返った少女は、綺麗な青い目を大きく見開いた。
「ハルト、ケイ、ナオ……? どうしてあなたたちがここに……」
三人の名を呼ぶと、少女は震える両手で口を覆った。
言葉が上手く紡げない。
こみ上げる喜びも、理不尽に対する怒りも悲しみも、全てが心の中で竜巻のように荒れ狂う。
それらを押し込めるまで暫くの間、彼らは無言のまま立ち尽くしていた。
幼なじみ、ユウナ。
色違いとして政府に連れて行かれた、ケイたち三人にとって大切な仲間の一人。
これがそんな彼女との、一年三か月ぶりの再会だった。




