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スピリスト-精霊とよく似た異能力者たち-  作者: みぃな
6.火山の精霊、フレイア
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6-39 あなたが友達でいてくれるなら


「お姉さん!」


 甲高い声とともに、扉が開け放たれる。

 それに我に返ったフレイアが火球を消すと同時に、ひとりの少女が部屋に飛び込んできた。


「ヒイロちゃん!」


 慌てて立ち止まったナオが少女の名を呼ぶと、部屋の入り口で肩を弾ませていたヒイロはみるみるうちに大粒の涙を浮かべる。


「ごめんなさい!」

「ふに?」


 そのまま勢いよく頭を下げたヒイロに、ナオは首を傾げた。ぼさぼさになってしまった髪がぴょこんと跳ねる。


「私のせいで危ない目に遭わせてしまって……ごめんなさいっ」


 絞り出すような声で、ヒイロは謝罪を繰り返していた。

 ナオはそれをじっと見つめていたが、やがてゆっくりと足を踏み出した。


「キミは何も悪くないよ」


 優しい、しかしはっきりとした声音だった。

 ヒイロが顔を上げると同時に、彼女は温かな何かに包み込まれる。

 ナオは、ヒイロをそっと抱きしめていた。


「大事なぬいぐるみさん、私に貸してくれてたんだね。ありがとう」

「うん……」

「キミが無事でよかった。痛いところない? だいじょうぶ?」

「うん……だいじょうぶ。ありがとう……」


 しゃくりあげるヒイロの背中を、ナオは優しく撫でる。ヒイロはその温もりに酔いしれていた。

 大好きだった祖父のように大きくはないけれど、同じくらい温かい手だ。

 触れた肌の柔らかさは、ヒイロの中の何かを確かに溶かしていく。


「……フレイアに言われて気付いたの。私はひとりじゃなかった。死んで自由になりたいなんて、ただ逃げてただけだった」


 静かに言ったヒイロに、ナオは顔を上げて腕の中の彼女を見下ろす。

 少女の口から出た「死」という言葉に、フレイアは悲しげに眉を寄せる。それでも、彼女らを黙って見守っていた。

 ナオはヒイロをそっと解放して向かい合う。

 真っ直ぐにナオを見据えるヒイロの濡れた瞳は、窓から差し込む光を集めてより美しく見えた。


「二年後、スピリストになるしか道はなくても。私は私なりに、できることを探していきたい。そうでなかったら最後まで私を助けようとしてくれたフレイアにも、お姉さんたちにも顔向けできないから」

「ヒイロちゃん……」

「わかってた。いつかは『クレナ』の町を出て行かなきゃならないってこと。あそこは元々私がいるべきところじゃなかったの。きっとそれが今なんだわ」


 ヒイロは微笑んだ。一度瞑目すると、彼女はふと窓の外へ目をやる。

 風に赤い長髪が柔らかく靡く。

 遠くを見つめる彼女の横顔は、泣いているような笑っているような、様々な感情を映している。


「私、これからは政府本部のある町に行く。初等学校(アカデミー)はそこで通うつもりよ」


 再び振り向くと、ヒイロはナオを見て、さらに奥へと視線を向ける。

 その先にいたのは、穏やかに微笑んでいたフレイアだった。


「私にはもう帰る場所はない。だけどフレイア、あなたが友達でいてくれるなら。私はきっとがんばれるよ。今はどこにもなくても、いつか自分の居場所を見つけたい。次に会えた時にあなたがまた、私を羨ましいと言ってくれるように」

「それでこそよヒイロ。今のアンタならきっと大丈夫だって思うわ」

「ありがとう」


 ヒイロも笑う。

 悲しみも、絶望も、理不尽も消えたわけではないけれど、彼女は今確かに前を向こうとしている。

 だからこそ祈りと希望を込めて、フレイアは笑うのだ。小さな背中をそっと、力強く押すために。


「…………」


 ケイとハルトは黙ったまま、穏やかな顔を見合わせる。そこへふと、ヒイロがちょこちょこと近づいてきた。



「あ、あの!」

「ん? なぁに?」


 そのまま真っ直ぐにハルトの前まで来ると、ヒイロはじっと彼を見上げる。隣にいるケイは目に入っていないようだ。

 これまでの笑みから一転、戸惑いながらも真剣な表情を見せる彼女に、ハルトは屈んで顔を近づけた。

 ヒイロは思わず俯いてもじもじと手を動かすが、意を決して再び顔を上げた。


「あの、ハルトさん……。いつか、また会えますか?」


 その言葉に、ハルトは目を丸くする。

 しかしすぐに破顔すると、ヒイロを頭を優しく撫でた。


「うん。お前が元気で笑っているなら、必ず」


 温かな手と、包み込むような優しい声音だった。


「……はい」


 ほんのりと頬を上気させて、安堵したヒイロは大きく頷いた。

 それを外野たちが一様にぽかんと口を開けて見守っていた。


「うわぁ、ヒイロのあんな顔初めてみた……なんかムカつくわー」

「ん?」


 ぱたぱたと羽音をたてて、フレイアはケイの頭の上に降り立つ。

 そのままどっかりと胡坐をかくと、やけに爽やかなハルトの横顔を半眼で見つめていた。


「苦労しそうな男よ、あれは……」

「ん? フレイアなんか言った?」

「何でもないわよ」

「おい、お前なんでしれっと俺を椅子代わりにしてんだよ」

「細かいこと気にしてんじゃないわよ」


 フレイアは腕を組むと、何故か拗ねたように顔を背けた。

 フレイアの真下でケイが抗議しているが、彼の頭から退くつもりはないらしい。それどころかケイの前髪を掴んでは投げて遊んでいる。


「いやだからお前なぁ……っ」

「とうっ」

「いてぇ!」


 頭の方に持ち上げたケイの手に、フレイアが容赦なく蹴りを入れる。ケイが間の抜けた悲鳴をあげたところで、ナオの背後の扉をノックする音が聞こえた。


「ふえ? は、はいどうぞ!」


 ナオが応えると、扉はすぐさま開いた。



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