1-15 託されたもの
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無言のまま、辺りには雑踏だけが響く。
二十人以上もの集団が狭い木々の間を、ある程度列をなして歩いているのだ。がさがさと落ち葉を蹴る音だけでも、それだけ重なるともはや騒音と言えるほどうるさい。
しかしそれはつまり、それ以外には何も聞こえないということである。不気味なほど静まり返った森の中は、あれほど吹き荒れていた反動とでも言いたげに風がなく、葉ひとつ動かない。それだけで彼らにこの現実を、残酷に突きつける。
行方不明になっていた二人の子供は、ほどなくして発見された。
精霊たちが葉や木々を使い、簡素だがしっかりした寝床を拵えてあり、二人の男の子が仲良く丸くなってそこで眠っていた。見たところ怪我もなく、衰弱した様子もない。どこから持ってきたのか、周囲に何かの木の実も転がっていた。彼らは精霊たちにできる限り丁重にもてなされていたのだろう。
ケイが森を抜ければそのうち目を覚ますはずだと告げると、シルキやサトリたちは目に見えて脱力した。サトリに至っては子供のうちの一人をぎゅっと抱きしめると、涙を流して安堵していた。どうやらやはり、彼はその子供の父親だったらしい。
色々と散々な物言いをしてくれた討伐隊のリーダーだが、我が子を想うと夜も眠れないほどに心配していたに違いない。それを考えると、ケイたちも胸が痛んだ。
町で泣き叫んでいたサトリの妻らしきあの女性をはじめ、これでひとまず皆胸を撫で下ろすことだろう。
早く連れて帰ってやるに越したことはないと、サトリと討伐隊の中の一人が眠る子供を軽々と抱え、皆で町へと急ぐ。
行き道で柔らかい地面が思い切り踏み荒らされていたことも幸いし、迷うことなく順調に森を抜けられそうだ。
ケイとハルトを先頭にし、ナオ、そしてサトリたちという順番だった。
そしてケイの背中には、安堵したからか疲れからか眠ってしまったシルキがおぶさっていた。
――沈黙。
重苦しい空気が漂う。打破する言葉がなかなか見つからないのだ。
いや、むしろそれが当然というべきか。後ろを振り返ろうともせず、ケイはわずかに目を眇めた。
本当に彼らが考えるべきことも、やるべきことも、全てはここからなのだから。
「……スピリスト」
意を決したのか、背後から声があがる。サトリだった。ケイはちらりとそちらを見やったが、すぐにまた前を向いた。
「何だ?」
足を止めることなく、短い返答だけを返す。
「……精霊たちが望んでいたのは、我々に」
「話がしたかったんだろうな。この森が危ないということを」
鉛を吐き出すような重い口調にも、ケイは容赦なく切り返す。
「もうあんたたちにも分かってるはずだ。恐らく町の開発のこと。俺たちには詳しくはわからないが、それがここの生態系や生命に何らかの影響があったことは確かだ。それを精霊たちが危惧してのことだろう。まぁそれも、少し手遅れだったようだが」
「だったらなぜもっと早くに……!」
「あんたたちが聞く耳を持たねぇからだろ」
ケイの声が一層鋭さを増した。それには誰も言い返すことができず、再びしんと静まり返る。
「それに、精霊たちも必死だったんだろう」
ケイは構わず畳みかける。
「精霊というのはとても中途半端な存在なんだ。命の溢れる場所で生まれ、その生命力を糧にして生きていく。だからこの森が衰退していくことはつまり、精霊の力が弱まって死ぬってことだ」
「……だから、この森を」
「失わないために。だがもう限界が近いことに気づいた。自分たちでは守りきれない。だから何とかして伝えようとしたんだよ」
背後の空気が凍り付く気配が伝わる。
ケイは背中で眠るシルキをちらりと見やった。
「じゃ、じゃあなぜ! あの精霊はお前にあんなことを……殺して……などと」
青ざめた顔をして、サトリは訝しげに聞いてくる。それにケイは不快そうに眉をしかめた。
「――精霊の最期。それはその場所の最期でもあるからです」
高い声が響く。見かねて代わりに答えたのはナオだった。
ケイとハルトの一歩後ろを歩きながら、ナオは悲しげな顔を背後へ向ける。
「精霊は弱ってしまうと、身体という器が制御できずに、残された霊力……あの精霊なら風を操る力かな、それを暴走させながら放出してから消えるの。ほとんどの場合はその場所も壊滅、つまり道連れにしてしまうんです。精霊たちはきっとそれを避けたかったから」
「だからさ、オレらが間に合ったみたいでよかったよ」
さらに続けたのはハルトだった。一端数呼吸分の間をあけて、彼はそっと目を眇めた。
「オレらの仕事はここまで。でも、森自体はまだ死んでないよ。ちゃんと残ってる。そーでしょ、みなさん」
ハルトはにこりと笑う。それがサトリたちの心を深く抉った。
しかし、その通りだった。
過ちがあるならば正さなくては。
見ない振りをしていたなら向き合わなくては。
強い想いを託されたなら応えなくては。
呼びかけても、もう何も答えは返ってこないけれど。
何かを振り払うようにして、サトリはぶんっと大きくかぶりを振る。きっと顔を上げると、彼は力強く言い放つ。
「――我々のしたことは許されないことかもしれない。だが過去のことはどうあがいても、未来で償うしかないのだ」
サトリは右手を空へ向かって掲げた。
「これからは我々が皆で考えてこの森を守り、復活させていかねばならない! そのために皆で協力し合おう!」
響きわたる高らかな声。それを合図に討伐隊の中からそうだ、がんばろうという声が上がり、最後には大きな歓声に包まれた。
それを見て、ケイはそっと微笑んだ。
彼の背中で、シルキが堅く拳を握りしめていたことには気づかない振りをし、ケイは歩を進めた。
友達だと、そう言ってくれた精霊たちのために、その想いを受け継ぐのだと。シルキはぐっと唇を噛みしめる。
目を開けると涙が流れてしまいそうだったから、そのまま寝た振りを続けていた。




