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スピリスト-精霊とよく似た異能力者たち-  作者: みぃな
6.火山の精霊、フレイア
158/258

6-37 代償


***


 閉じられた瞼の上から注ぐ光を感じて、ナオはそっと目を開けた。


「……ふえ?」


 ぼんやりとした視界に映ったのは、白くてシンプルな模様がある天井。目を瞬かせるナオを、見覚えのある顔がふたつ覗き込んだ。


「ナオ、気が付いたか」

「よかった」

「あれ? ケイ、ハルト?」


 心配そうな顔をしたケイとハルトを見て、ナオは上半身を起こす。

 沈む掌の柔らかな感触に、自身が柔らかいベッドの上に寝ていることに気付いた。


「……ここ、どこ?」


 きょろきょろと辺りを見渡す。

 そこは見覚えのない部屋の中だった。

 白い壁と天井に、窓から差し込む太陽光が反射して眩しい。今日も暑いが穏やかな空模様が窓の外に広がっていて、ナオは目を細めた。

 ハルトが窓を開けると、カーテンとナオの髪が風に柔らかく靡いた。まだ少し涼しいので、今は朝だろうか。


「あっ、火山島は……!? 町は、ヒイロちゃんは!?」

「火山は政府から呼ばれたっていう『水』と『地』のスピリストが対応してる。まだ噴火はしばらく続くだろうけど、とりあえず被害はほとんど抑えられたって。ヒイロも無事だよ」


 跳ね起きようとしたナオの肩を押さえてベッドに戻すと、ハルトは笑みを浮かべて答えた。


「ふえ?」


 指先が何か柔らかいものに触れる。布団をめくると、ナオの隣に寄り添うようにしてヒイロのぬいぐるみが置かれていた。

 ナオはぬいぐるみを手に取ると抱きしめた。ぼろぼろのぬいぐるみはほんのりと温かい。


「ヒイロちゃん、怪我は……?」

「お前が守ったおかげで、軽い打撲程度で済んだそうだ。どっちかっつーと魔力切れ寸前で昏倒してたのはお前の方だよ」


 続けてケイが答えた。眉根を寄せて覗き込んで来る彼に、ナオはようやく落ち着いて肩を下げる。

 身体のあちこちが痛い。


「魔力切れ……」


 手足を確認すると、所々包帯が巻かれ処置されていた。魔力が足りず回復もできなかったのだろう、火傷もまだ癒えていない。誰かが着せてくれたであろう寝間着の下の肌もちくちくと痛み、もはや傷を確認する気にはなれなかった。

 ケイは痛みに顔を歪めるナオを見つめ眉根を寄せた。


「ここは『クレナ』の隣町の政府支部だ。お前はヒイロと一緒にここに運び込まれて、丸二日眠ってた」

「二日も!?」

「ああ。ヒイロはとっくに回復して保護されてるから安心しろ」


 ケイの言葉に安堵しつつも、ナオは驚愕のあまりひっくり返った声をあげた。

 火山の精霊と対峙したとき、ほとんどの魔力をフレイアに託した。これほどまでに大量の魔力を一度に消費したことがなかったが、ベッドに沈みそうなほど重い身体も、治らない傷も、代償の大きさを物語っている。


 ――あの火山の精霊たちはどうなったのだろう。


 そう思うも、ここが隣町の政府支部でありケイとハルトが傍にいるということは、『クレナ』の町での任務はもう終わっているということだ。当然ながら、撤退指示に背くというナオのわがままが許された時間も残されていない。


「よいしょっと」

「ふに?」


 ベッドが軋む音がして、ナオは浮かない顔を上げた。見ると、ナオのすぐ隣にハルトが腰かけている。

 彼の手には、三人の青い携帯電話がある。ナオに見せるようにそれを差し出すと、ハルトは訝しむ彼女に笑いかけた。


「これお前に渡しておいてよかったよ。オレらもすぐに駆けつけられたから」

「えっ?」


 素っ頓狂な声をあげつつ、ナオは思い出す。

 フレイアを追いかける前に、ケイとハルトが携帯電話を持たせてくれたのだ。すっかり忘れていたが、気を失っている間に回収されていたのだろう。あの灼熱の中でも壊れないとは、さすが政府の携帯電話である。


「お前が飛び出して行ったあと、すぐにあの職員つかまえて代わりの携帯用意してもらったんだ。それでお前が持ってるのをハッキングして電話を繋げてもらってた」

「へ? そ、そうだったんだ……」

「うん、そうだったの。まぁ、聞こえてくるのはほとんど雑音と叫び声ばっかりだったけど、なんとなく状況はわかったよ」

「ふええ……」


 ナオはぽかんと口を開けると、気の抜けた声を漏らした。

 なぜか得意げなハルトの顔を見つめながら、ナオは記憶を呼び起こす。

 そして気付く。

 つい先日『カリス』の町の政府支部でシュウがリサを尋問したとき、彼の携帯電話が通話状態になっており、会話が筒抜けだったことがあった。その時の電話の相手は『紫水晶(アメジスト)』と名乗った女性だったが、おそらくハルトと同じことをしていたのだろう。あの土壇場でそれに気付くのは、さすがのハルトである。

 今は真っ暗な携帯電話に目をやると、ナオの長い睫が瞳に影を落とした。


「……でも、それならもう知ってるよね。私……フレイアを助けられなかった」

「勝手に人を殺すんじゃないわよ」

「みゅ?」


 悲しげに言うナオに、すかさず早口が飛んでくる。ナオが弾かれたように顔を上げると、ケイの背後から小さな炎が躍り出た。

 ナオの目の前まで来ると炎は四散し、身体の小さな少女が現れた。

 黒目ばかりの目をつり上げ、腰に手を当てながらナオを睨みつけている。背中の翼を忙しなく動かして、精霊フレイアはそこに浮かんでいた。



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