6-36 「ソラ」
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翼を動かしてもいないのに、ふわふわと身体が漂っているような心地がする。
まるでやわらかな風に包まれているように、弛緩する身体を優しく支えてくれている。
もしかすると、水に浮かんでいたりするのだろうか。
『火』属性であるフレイアは経験したことはないのでわからないし、確かめようにも身体は言うことをきかない。
混濁していた意識が、ゆっくりと浮上する。
状況が分からない。しかしとても穏やかな気持ちで、フレイアは微睡んでいた。
――ここはどこかしら?
心の中でそう紡ぐと、応えるようにして指先が随意運動を示す。
重い瞼をゆっくり持ち上げると、そこは明るく、真っ青な空間が広がっているようだった。
――何もない? いいえ……。
背中にざらざらした土の感触があることに気付く。同時に、ふわふわと浮かんでいたようだった身体がゆっくりと降りていき、やがて安定した。
背中や太股の裏に、堅く冷たい感覚が広がる。どうやら、どこかの地面の上に仰向けに転がっているようだ。
徐々に視界が開く。
青の中には、形を変えながら少しずつ動く白いものが見える。雲だ。
さわさわという心地よい音とともに、髪が頬を撫でていることが分かる。
風が吹いている。
鼻孔を擽る潮の匂いに覚えがあって、ようやく気付いた。
――ここは、火山島……?
唇を動かすが、声を出すことはできなかった。
いつの間にか、この場所に戻ってきていたのだろうか。
もう身体は存在しないはずだ。跡形もなく消え去った。
最期のとき、精霊は生まれた場所から旅立つのだろうか。
精霊として最期など迎えた経験はないから、分からないけれど。
フレイアは空に手をのばす。傷だらけの自身の手に驚いたが、それはもはやどうでも良かった。
――そうよ。アタシはこの景色をずっと前から、いいえ、生まれる前から知っている気がするの。そして、決して届かないことも。
のばした手を、再び降ろす。
ことり、と音をたてて、手の甲が顔の横の地面に降り立った。
視界がぼやけていく。
この景色を見ていられる時間があと僅かだと悟ると、フレイアはそっと唇に弧を描く。
――ああ。一度だけでも、何にも縛られずに飛んで。この島から遠く離れた空の向こうを見てみたかったな……。
「ソ……ラ……」
無意識のうちに、小さな声が漏れた。
――最期の言葉でさえも、なんと未練たらしいのだろう。
皮肉げに目を細め、そっと閉じようとしたフレイアの耳に、ふと甲高い声が響く。
「フレイア!」
「――え?」
突如、身体が熱いものに包み込まれた。
優しい炎のような熱さに溺れながら、フレイアは今度こそ目を閉じた。




