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スピリスト-精霊とよく似た異能力者たち-  作者: みぃな
6.火山の精霊、フレイア
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6-33 迷い子たちの哀歌


「ヒイロ! ヒイロ!」


 何度呼びかけようとも、ヒイロはもう振り向こうとはしなかった。

 フレイアは翼に力を込めるとヒイロに向かって飛ぶ。それを阻もうとした火の玉たちを、ヒイロまでもすり抜けて、フレイアは空高く飛び上がった。

 フレイアは迫り来る巨大な溶岩の塊の前に躍り出る。その手に火球を生み出すと、それを投げつけた。

 火球はまるで壁にぶつかる小石のように小さな音を立てて衝突すると、一瞬で溶岩に呑み込まれる。


「ちっ。やっぱりダメか……」


 フレイアは舌打ちした。分かっていたことだが、同じ火系、それも同じ霊力の相手に対する攻撃が通るはずもない。

 火山の霊力の切れ端でしかない火の玉ならば簡単に撃ち落とすことができるが、今町に迫っているのは火山そのものだ。その霊力の一部を分け与えられただけの精霊フレイアと、どちらが力が大きいかなど明白だ。

 羽ばたきながら、フレイアは故郷たる火山島を睨みつけた。


「おとうさまとやら! 聞こえてるんでしょ、さっさと止まりなさいなっ」


 フレイアは声を張り上げた。

 迫り来る霊力の塊がわずかに(たわ)んだことを感じ取ると、フレイアはさらに目を吊り上げる。

 背後で火の玉たちが騒ぐ気配がしたが、フレイアは振り返りもせず炎を後ろに放つ。邪魔をするなという威嚇だ。

 フレイアのすぐ横をいくつもの噴石が通り過ぎる。しかし、フレイアの視線は揺るがない。

 火山の輪郭が怪しく揺れている。火口からは噴出物と一緒に、霊力が絶えず噴き出していた。


「ずいぶんな図体ね、おとうさま。ヒイロをどうするつもりなのよ」


 不意に、フレイアの唇が弧を描いた。その声音には、明らかな皮肉が込められている。

 蠢く赤色は、今にも町に覆いかぶさろうとしたところで動きを止める。フレイアはそれをじっと見上げると腕を組んだ。

 姿がないのだろうか。それとも、そもそもフレイアのような人の姿など持ち得ないのだろうか。

 しかし、自我がないはずはない。なぜならば、フレイアや火の玉たちを眷属として生み出すほど上位の精霊。その強大な霊力はもはや、火山そのものだからだ。


「――フレイア。数百年ぶりに相まみえた、愛しい我が娘」


 地鳴りと供に、響き渡るような低い声が聞こえてきた。

 フレイアは瞠目した。分かっていても、実際に応えられたことに驚きを隠せないでいた。

 同時に、声には聞き覚えがあった。火山島から飛び立つ火の玉を追いかけようとしたときに聞いた、あの低い声だ。

 さらにたっぷりの皮肉を込めて、フレイアは反復する。


「フン。これはどうも、うぬぼれた娘(・・・・・・)で悪かったわね。今更アタシの前に現れるなんてどういうつもりよ」

「我は火山の精霊。目覚めるたび、そこに迷い子がいるのならば迎え入れてきた」

「…………!」


 事もなげに返されたその言葉に、フレイアは確信する。

 この『父』たる精霊はつまり、火山の活動とともに目覚めるということだ。まさしく数百年もの間海の下でゆっくりと眠り続けて、噴火とともに噴き出す溶岩のように。強大なその霊力をずっと、人知れず蓄え続けてきたのだろう。

 これではフレイアでさえ、ただの霊力の切れ端だ。火山そのものと言える雄大な精霊の前では、息を吹きかければすぐに消えてしまうような、小さな灯でしかないのだろう。

 戸惑う心とは裏腹に、フレイアの指先、足先にまで次々と炎が踊り、背中の炎はいっそう燃え上がる。身体の奥では、フレイアでない何かが歓喜の叫びをあげているかのようだ。

 フレイアは自身を掻き抱くように、左の二の腕を掴む。そこに身につけていた金色の腕輪が、熱を持って掌に食い込んだ。


「……だからアタシの霊力が強くなっていたのね」


 フレイアはそっと呟く。

 魔力の連動。考えてみれば、それは火山に連なる精霊として当たり前のことだった。もしかするとあのスピリストの少女にも少なからず影響が出ているかもしれない。それほどまでに、目の前の精霊()の力は甚大だ。

 精霊はまた、唸るような低い声を響かせた。恐れおののいたかのように、真下の海が大きくうねる。


「その娘が望むならば、我が眷属として迎え入れよう。かつてのお前たちのように」

「ヒイロを殺して精霊にすると言うの!? ふざけんじゃないわよっ」


 精霊の言葉に、フレイアは間髪入れず吠える。

 その娘とは確認するまでもない。じっと海の向こうを、いや、精霊を見つめているヒイロのことだ。

 激高するフレイアの後ろ姿を見ても、ヒイロは何も言わない。視界に入っているはずなのに、何も見えていないかのようだ。

 火の玉たちはただ、ヒイロを守るように側に寄り添っていた。


「その娘が、目覚めたばかりの我を呼んだ。かつてのお前たちのように」

「そんな、そうだとしても応えなかったらいいだけでしょう!? この町だって、アンタなら避けることだってできるくせに!」


 精霊は口調を崩さない。フレイアだけが、首を大きく横に振りながら懇願するように言う。

 そんなフレイアに、ヒイロの周りの火の玉たちがまた銘々に高い声をあげる。


「かざんはとまらない。それがふつうだ」

「ただとおりみちにいるものを、なぜおとうさまがよけなければならない」

「ここにいるのなら、それもじぶんでえらんだこと」

「おまえも、ぼくらも、みんな」

「黙りなさいなっ!」


 嘲り笑う火の玉たちに、フレイアは八つ当たりするように一喝する。振り返ったときに目に映ったヒイロの冷たい表情に、フレイアは凍り付いた。


「ヒイロ……」


 愕然と、フレイアは小さく唇を動かした。

 その時、追い打ちをかけるようにして地鳴りが響き、また強い地震が起こる。

 フレイアの視界に影が差す。

 もう火山は、精霊は、待ってはくれない。

 轟音とともに迫る視界いっぱいの赤色に、フレイアは呆然としながら俯いた。


「……覚えてないわ、昔の自分のことなんて。でも」


 フレイアは小さな拳を握りしめた。


「でもね、精霊になっても自由になんかなれないのよ、ヒイロ!」


 大きな赤茶色の瞳が揺れる。ぼやける視界の中のヒイロはそれでも、ずっと佇んだまま両手を広げていた。

 何度呼びかけても、嘆願しても。ヒイロには届かない。精霊()にも、火の玉(きょうだい)たちにも。

 フレイアはいつも独りだった。どれほど町の人が好意的に接してくれても、誰と話しても、フレイアがいる場所は町ではなく火山島だ。火山島に帰れば誰もいない。だから山頂に飛んでいって腰を下ろすと、自分を見下ろす空をただ見つめていた。


 流れる雲はどこに行くのだろう。

 星はなぜ輝くのだろう。

 なぜ時折空は泣くのだろう。


 飽きることのなく変わりゆく、しかしどれも美しい空模様を、気付けばずっと眺めていていた。そしていつからか、どうしようもなく想い焦がれた。


 ――どれほど手をのばしても、届くことはないのだけれど。


 すさまじい熱が近づいて来る。轟音があがるとともに、火の粉や噴石が次々と降り注ぐ。

 フレイアは一度瞑目する。数度、深い呼吸を繰り返すと、やがてゆっくりと目を開けた。


「――ここまでね。ここが、アタシの終点」


 轟音の中で、静かな、凛とした声音が響く。

 炎の色を映すフレイアの瞳にはもう、迷いはなかった。

 フレイアは勢いよく腕を振り上げると、指先に炎を練り上げた。


「ぼっち上等よ! 味方なんかいなくたって、みっともなく足掻いてやるわ、最後まで!」


 高らかに言うと、フレイアは飛び上がる。

 小さな身体全体で振りかぶると、自棄を起こしたように思い切り炎を精霊に投げつけた。


「なにをする」

「むだだ」

「きがふれたか、フレイア」


 火の玉たちの訝しげな声も、フレイアの耳には届いていない。

 火の玉たちの言うとおり、炎は立ちはだかる壁のような巨大な霊力にいとも簡単に吸収された。

 今度は小さな衝撃音すらもあげず、炎は文字通り飲み込まれるように消え去った。それに動じることなく、フレイアは不適に唇をつり上げる。


「――この、クソ親父」


 吐き捨てると同時に、フレイアは前方から飛んできた衝撃に大きく弾き飛ばされた。

 巨大な精霊が、その腕を薙いだのだ。

 しなる鞭のように叩きつけられ、フレイアは身体を前方に大きく折り畳みながら後ろへ吹き飛ぶ。

 衝撃に声すらもあげることができず、目と口を大きく見開きながら後退していく。

 一瞬だけ目に映ったヒイロが僅かに瞠目したように見えたが、動けないフレイアにはこのまま何かに背中を叩きつけられるのを待つしかなかった。


 ――たとえ身体が砕けたとしても、霊力の供給がある限り、精霊はそう簡単に死なないはずだ。


 今に襲い来るであろう衝撃に歯を食いしばったフレイアの視界が突如、大きく回転した。



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