6-24 ひとりとは限らない
「ナオ……あっちは大丈夫か!?」
「とにかく、できるだけ火から町の人を守りながら後退するしかなさそうだね。っていうか能力的にナオよりオレらの方が危ないよ」
蹴られた小石のように飛んできた巨大な瓦礫を剣で弾くと、ハルトは諦めたかのような口調で言う。
ケイは口を噤むと歯を食いしばる。浮いていた踵を再び付けると、ハルトと並んで武器を構えた。
「あっちはナオを信じるしかないよ。それにオレらには土地勘がない。この隙に支部が上手く町の人を逃がしてくれると信じて気張るしか」
「そんなの待ってられないわ!」
「へ?」
突如、よく通る女の声が辺りに響き渡った。思わず目を丸くしたハルトは、気配を感じ取るままに顔を向ける。
そこには、翼を閉じて降下してくる火山の精霊、フレイアの姿があった。
「フ、フレイア!? お前なんで……」
「なによ、アタシがいちゃ悪いわけ!?」
「なんでいきなり喧嘩腰なの?」
驚いて彼女の名を呼ぶハルトの目の前で急停止すると、フレイアは翼を忙しなく動かす。今にも戦闘態勢に入りそうな彼女に、ハルトは顔をひきつらせた。
そんなハルトを見て、フレイアははっと何かに気付いたように一瞬動きを止める。
フレイアは片手で自身の腕を掴む。瞑目すると、簡単に燃え上がりそうな心を落ち着けた。
「フレイア、一体これはどういうことだ」
静かな声がかけられて、フレイアは目を開ける。
彼女の大きな瞳には、明らかに警戒を示しているらしいケイが映った。
彼のそれはほんの少しであろうと、フレイアへの疑念を抱く目だった。それを敏感に感じ取り、フレイアは心中で舌打ちしながらも、答える。
「火山の下、島の地中にあの火の玉たちがいたのよ。さっきの地震と一緒に吹き出したかと思ったら、それがこの町にも飛んでいったの。追いかけてきたらアンタたちの魔力に気付いたからここに飛んできたのよ」
「なら、あの火の玉は火山で生まれたものだということか。お前の霊力と……」
「言っとくけどアタシじゃないわよっ! アタシにだってわけがわからないのよっ」
あくまで口調を崩さないケイを遮る。
握りしめた拳が震えている。揺れる瞳も、忙しなく動いたままの翼も、フレイアの焦りを如実に表していて、ケイもそれ以上は口を噤んだ。
「ねぇフレイア、知ってることを教えてくれる? こうかもしれないってだけでもかまわないから」
声をあげたのはハルトだった。その間にもまた彼らに向かってくる火の玉に短剣を投げて打ち落とす。
フレイアは宙に舞い散る火の粉を目で追う。彼女もまた火球を放とうと構えていたが、すぐに手を下げて力なく言う。
「……最初は制御しようとしたのよ。けど、アタシの力ではあの火の玉たちは操れなかったの。つまりアタシよりもっと力の大きなものが生み出したものだということよ」
フレイアは俯く。絞り出すように、彼女は言う。
「もしかしたらあの火山の精霊は、アタシだけじゃないのかもしれない」
「なんだって!?」
ケイとハルトの声が重なる。フレイアは悔しげに目を伏せた。
「確かに、同じ場所で生まれた精霊が複数いるなんて珍しいことじゃないな……。完全に同じじゃなくても、よく似た霊力になって当たり前だ」
「うん。もしくは、強い力を持った精霊から分身のようなものが派生することもある。こないだの緑の妖精の蝶たちがそうだったし。けどこれはちょっと……まずいね」
二人は顔を見合わせた。
確証はない。しかし、フレイアが嘘を言っているようには思えなかった。
フレイアのあげた仮定で、ようやく一連のことに合点がいった二人だった。しかし、事態は悪くなるばかりだ。
フレイアは火を制御できなかった。彼女を相手にしてもまるで歯が立たなかったというのに、さらに上位の、しかも火系の精霊にケイたちが敵うはずもない。
「わかったらとにかくこの町から離れるのよ! その支部なんとかなんて当てにしてられないわっ」
「それはオレも同感だけど、オレらにはあのパニック状態を今すぐどうにかするのは難しいよ。ここから動くのも」
「アタシが言うわ、町の外に向かって逃げろって。もちろん、できる限り火から町を守る。制御は無理でも、破壊ならできるはずよ」
フレイアは迷くことなく即答する。そんな彼女を、ハルトは口を開けたまま見つめていた。
フレイアの金髪がふわりと靡くと、彼女は一瞬にしていくつもの火球を纏う。
まさにマグマのように、無限に湧き出るかのような強力な霊力が迸る。それを間近で感じて、ケイとハルトは黙って頷くとそれぞれ跳躍し、また飛んでくる火の玉を迎え撃った。
フレイアは強い。戦力に欠ける今、彼女に賭けるしかないと判断したのだ。
フレイアは手を一閃すると、一気に火球を放つ。その全てが、空を照らす火の玉を撃ち抜いた。
空中で巻き起こる爆風を器用に避けながら上昇すると、フレイアは町を見下ろす。
大きな瞳が忙しなく動いて辺りを確認する。そんな中、ふと一方向に視線を固定した後、彼女は再び振り向いた。
それは初等学校の方向だった。
その上空で、降り注ごうとしていた火の玉が不自然に弾けたのを見て、ケイは目を見開いた。
「――あの火の小娘はあそこにいるわね。それと、ヒイロはどこ? あの子は無事なんでしょうね?」




