6-22 真昼の流星
「み、見ろ。火山から火がっ」
「え?」
声を張り上げる店主に、ケイとハルトは揃って彼が指さす方を見る。
目に映ったのは、煙を上げる火山島。そのふもとから山頂に向かって、火球が何発か打ち上がった。
噴火したのかと背筋を凍り付かせたケイたちだったが、そうではないようだ。
「な、なんだ?」
普段の呼び込みで鍛えられた店主の大声に、周囲の人々は一斉に火山島に目を向けると口々にざわめきだす。
「火の玉!? いや、それにしちゃでかすぎるな」
瞠目しつつ、ハルトはかぶりを振る。打ち上がったのは火の玉ではなく、町から見た火山島と比較しても遜色ない大きさの火球だ。
火球はそれぞれ山頂を越える高さまで打ち上がると弾けた。目を細めて見ると、大量の火の粉が火山に降り注いでいるらしいことが辛うじて視認できる。
「なんだなんだ、フレイアか?」
「きっとそうだ。フレイアが一人で暴れているんじゃないか?」
「ああ、あんなことができるのはフレイアくらいだ。だがまぁ、町に影響がないならそれでいいんじゃないか。あそこはフレイアの場所だ」
「影響がないとは限らない。あれが火の玉を操っていないかなんてまだ分からないだろう」
商人らしい人々が店から顔を出し、口々に言う。
フレイアと聞いて納得した顔をするものから、渋面を浮かべて火山を睨みつけているものまで様々だ。
距離があるので、魔力や霊力の気配を感じ取ることはできない。しかし妙な胸騒ぎがする。
花火のようにいっそ美しく、火山島に降り注ぐ火の粉が消えていくのを見ながら、ケイは呟く。
「火山島で何かあったのか……?」
「ケイ、とりあえず早く支部行くぞ」
「あ、ああ」
すでに駆け出そうとしていたハルトが早口に言う。ケイは慌てて彼を追った。
しかし、その場を離れようとした二人を引き留めるかのように、また地鳴りが響きだす。
「くそ、また地震か……っ! おいハルト」
「うわっ! あーもー、何回揺れるんだよっ」
続けざまに襲って来た強い揺れに仕方なく足を止める。苛立ちながら火山島を振り返ったところで、二人は揃って目を剥いた。
「な、なんだあれっ!?」
その場にいた人々が、火山を見て茫然と立ち尽くしている。
ある者は口を開けたまま、ある者はまばたきを忘れて。ある者は強い地震にひっくり返りながらも動くことができずに、皆が言葉を失っていた。
火山の上空だけが、不気味な赤色に染まっている。
時刻はまだ昼だ。つい先ほどまで快晴の空が広がっていたはずなのに、一瞬にして夕焼け色に変わっていた。
赤色に照らされた火山島。その周囲に、小さくて揺らめく何かが無数に群がっている。
「あれは……?」
ケイは目を凝らす。
それは縦横無尽に飛び回っているのかと思ったが、やがて山頂の方へと舞い上がると、火山を円形に取り囲むように移動していく。
「まさかあれ……火の玉の大群、か?」
無意識に目に魔力を込めたのか、少しずつ火山の様子を視認できるようになる。
小さな何かは火だった。紅く、明るい無数の火の玉。それらが集まって、さながらおとぎ話の中の天使が持つ光の輪を、火山が戴冠しているようで。
いっそ幻想的とも言える火山は、赤く照らされてひどく不気味だ。
嫌な予感と気配が、固まった背筋を冷たくなぞる。
「ハルト、気をつけろ、何か……!」
勢いよく振り返ると、同じように火山を凝視していたハルトを顧みる。
直後、何かを言おうと口を開いたハルトを遮って、海を割るかのような轟音が鳴り響いた。
「うわぁっ!」
「な、なんだ……っ!?」
至る所であがる、人々が狼狽する声。それさえも、重低音に遮られてケイたちには届かない。
これまでの度重なる地震と目の前の異様な光景に、皆が恐怖に染まっていく。
そして止めを刺すようにして、下から突き上げるような強い揺れが辺りを襲った。
「うわっ!」
この町に着いてから一番強い地震だった。ケイとハルトはバランスを崩したが何とか立ち直るが、強い上に長い揺れに身動きが取れない。
老若男女様々な悲鳴が飛び交う。あちらこちらで人がひっくり返り、我先にとどこかに逃げようとする人が何かに蹴躓いてボールのように跳ねた。
必死の形相で這うように逃げ惑う男に体当たりされ、ハルトは近くにあった建物に背中を強く打ち付ける。
振り返りもしない男の背に手をのばすが、それは空を切った。
「くそ! おいあんた、とりあえず揺れが収まるまでその場から動くな! 危険だ……」
せめてもの制止に大声を張り上げる。しかし男は止まらない。それどころか、後から同じようにどこかへ逃げようと慌てふためく人が次々と視界を横切った。
パニックは瞬く間に連鎖する。ハルトが再び誰かに突き飛ばされたところで、ひときわ大きな悲鳴が耳朶を叩いた。
「今度は何……?」
打ち付けた肩を手で押さえながら、ハルトは顔を上げる。逃げまどう人が通り抜けた後には、残された人々が海の方を見て、蒼白な顔で立ち尽くしていた。
地震が収まる。
まるで、時が止まったかのようだった。
「な……!」
いつの間にか建物の上へと避難していたらしいケイがひきつった声をあげる。それと同時に、ハルトもまた言葉を失った。
火山の周りを取り囲んでいたはずの火は、全てなくなっていた。
光輪のように集まっていた火は、周囲に弾けるように散り散りになる。その一部が、町に向かって一直線に飛んできたのだ。
それはまるで、真昼の空に突如現れた流星のようだ。
「なんだ、何かこっちに飛んできた!」
「火だ、火の玉だっ! みんな逃げろっ!」
一つ一つは小さな火は、それぞれが赤く輝きながら町へと向かってくる。
止まった時間が動き出したかのように、人々は一気に恐慌状態へと陥った。




