6-21 前兆
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学生寮と校舎は別の建物だが隣り合っており、連絡通路で繋がっている。
初等学校は基本的に生まれ育った町で通うものなので、寮を利用する生徒は少ない。小さな町だとそもそも寮など存在せず、身寄りがなかったり何らかの事情で親元を離れている子供たちは孤児院等といった施設から学校へ通うのが一般的である。
その僅かな寮生らしい生徒数人とすれ違い、ケイとハルトは足早に寮棟を後にする。生徒たちが不思議そうな顔をしていたが、二人は無視を貫いた。
校舎から校庭を抜け、二人は初等学校を後にする。ハルトはポケットから携帯電話を取り出すと位置情報を確認する。
町の地図が携帯電話に表示されると画面をタップする。現在地とこの町の政府支部の位置が、地図上に赤く示された。大きく離れてはいない。のんびり歩いても数十分で着く距離だ。
現状を省みると、任務は決して順調とは言えない。
町に火の玉が出没することも、フレイアについても何一つ調査を行えていないのだ。さらに三人の中で随一の攻撃能力を持つナオがフレイアを前にあの有様である。
政府にはひとまず現状の報告を行う。そして可能ならば火山島の様子を見に行きたかったのだが、それは今二の足を踏んでいた。
歩きながら、ケイは町の様子を観察する。
町に着いた時には溢れかえりそうな観光客と活気に包まれていたのに、今や人もまばらだ。
最初の爆発事故が起きた現場へと差し掛かる。すると彼らを待っていたかのように、またしても地震が起きて一度足を止めた。
ハルトの精霊石が光を帯びる。だが、地面が揺れているだけで妙な気配は感じない。
「変な感じは今のところないんだけどなぁ。しっかしよく揺れるね」
「ああ」
周囲に気を配りながら、ケイは短く答えた。
「ところでケイ、さっきそっちの調査は何か収穫あった?」
「いや。ただ、あの火の玉はフレイアやヒイロの仕業じゃないと俺も思う」
「うん? 何かその根拠があったの?」
「いや、はっきりとしたものはない。だが、フレイア自身も火山がおかしいって言って島に戻っていったんだ」
「ふーん、なるほど」
周囲におかしな様子はなさそうだ。発動を解くと、ハルトはぽりぽりと頭を掻きながらケイから目を逸らす。彼の視線を追ったケイは、目に映ったものをじっと睨みつける。
火山島だ。その山頂からは、やはり煙が上がっている。
「……あの火山、活動の前兆がこの地震なんじゃねぇか」
「うん、オレもそう思う。っていうかそれしか考えられないでしょ。この町の人だいぶ呑気だよね」
低い声で呟いたケイに、ハルトは迷わず同意を示す。吊り上げられた口角にはたっぷりと皮肉が込められていた。
地震がいつもよりも頻発していると聞いた時点で真っ先に考えたことだった。火山から最も近い距離にあるこの町に滞在するならば、彼らとて身を守るために警戒しなければならない。
最初はそれでも、『火』のスピリストがいるならば何とかなるかもしれない、行って調べなければ分からないことがあるかもしれないと考えた三人だったが、すぐにそれは甘い考えだったと改めざるを得なかった。今火山に乗り込んでいくにはあまりにも危険だ。
「この町にも政府が居を構える以上、警戒するべき火山島を放置しているとは思えない。オレらに任務がどうだと言う前に、何か知ってるなら情報を渡せって話だよ」
ハルトは吐き捨てるように言う。
町の現状を確認した上で、再度政府の指示を仰ぐ。それが調査より先にすべきことだと考えたのだ。
「オレらも自分たちを過大評価するつもりはないからね」
「ハルト、この任務」
「わかってる。降りる方向へ持って行くし、そうなるべきだと思ってる」
ハルトはケイを遮って頷いた。
政府におけるスピリストの戦力の評価とそれに基づく任務の指示は的確だ。本当にフレイアと衝突させるつもりなら、最初からケイたち三人になど任務が来ることはなかっただろう。もっと実力があってフレイアに対抗できる者は他にいるはずだ。
早足で歩きながら、ハルトは政府に電話をかけた。
それとなく意図を示しつつ聞いてみると、やはり支部では常に火山の動きを観察しているとのことだ。
通話をしながら、ハルトはケイに目配せをする。ハルトの様子から、ケイも果然といった表情を作っていた。
「火山のこと、すぐに行くから後で詳しく教えてほしい。噴火の危険性は……」
この機を逃さないと言わんばかりに、ハルトは早口に言う。
休まず前後に動かしていた足にさらに力を込めようとしたとき、そんな彼らの真横を熱を帯びたものが通り過ぎた。
「――え?」
「ケイ、どした?」
「いや、なんか今横を……」
言いつつ、ケイは足を止め振り返る。周りには何も見えない。遅れて不思議そうな顔をしたハルトが振り向いたとき、遠くの方で空気が弾けるような音がした。
「ん、何の音? ぽんっていった?」
「いや、それよりも何か今通り過ぎなかったか?」
「えー? 何もないみたいだけど、ナオみたいなことを言うね。また火の玉でも?」
「いや、わかんねぇけど……」
二人して辺りを警戒する。だが、やはり何も見当たらず、通行人が不思議そうな顔をして二人を見ていた。
無言のまま、ハルトは通話を繋げたままにしていた携帯電話をタップする。短い機械音をあげて画面が暗くなると、二人は再び歩き始めた。違和感は払拭できず気持ち悪かったが、支部には早く行くに越したことはない。
爆発事故の現場を離れるにつれ、人が増えてくる。町に着いた時よりは人は減っているものの、商店も温泉街も営業しているようだ。商人たちの中にはケイたちにちらちらと目をやる人もいたが、話しかけてくることはなかった。
大通りを横切り、真っ直ぐ進めば支部はもうすぐだ。
人を避けながら歩を進めていた二人は、一角にあった露店の側を通り過ぎようとする。ナオがアクセサリーを衝動買いしていた店だ。それに気付いたケイはそちらを見ると、店主の男性と目が合った。
「あっ……!」
「ん?」
店主の男性は目と口を大きく見開くとケイを指さした。ケイは怪訝な顔を向ける。
ナオが買い物をしたのはつい先ほどのことなので、連れであるケイの顔も覚えられていても不思議ではないが、それにしては驚きすぎではないだろうか。
そう考えたところで気付く。店主の視線はケイではなく、彼の背後に向けられていた。




