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スピリスト-精霊とよく似た異能力者たち-  作者: みぃな
6.火山の精霊、フレイア
139/258

6-18 揺らめく翼

**



 海の上に聳える火山島。

 翼を閉じて島に降り立ったフレイアは、足元にあった赤みを帯びた小石を苛立たしげに蹴飛ばした。

小石はころころと転がっていき、やがて見えなくなる。その時、大きな音とともにまた地面が振動を始めた。

 フレイアは再び飛び上がり、宙へと避難した。身体が小さい彼女にとって、小さな地震でも衝撃が大きいのだ。


「また地震……今日だけでも一体何回目なのよ」


 羽ばたきながら、フレイアは舌打ちをする。

 海を隔てた先にある『クレナ』の町を見やる。島からは小さく見える町並みも、飛んで行って見ればとても広い。その町の建物が皆、小刻みに揺れて見えた。

 度重なる地震。併せて大地の底から響いている、重低音の地鳴り。

 それはどこか悲しそうに、フレイアには聞こえていた。


「……何かしら。火山が、泣いているみたい」


 無意識のうちにそうこぼすと、フレイアは一人でかぶりを振る。島に意志などあるはずはない。あるとすれば、それはこの場所(火山)の分身とも言える精霊(フレイア)自身だ。


「バッカみたい」


 フレイアは自嘲気味に鼻を鳴らした。そうしているうちに地鳴りは小さくなり、揺れも収束していく。

 フレイアは翼を広げた。


「余計なことを考えてる暇はないわ。一体何が起こってるのか確かめないと」


 フレイアは町に背を向けると上を見上げる。黒目ばかりの大きな瞳が鋭く輝いた。

 目に映ったのは、細い煙を吐き出している山頂だ。

 フレイアは一気に高度を上げる。

 ここ数日、火山が時折煙を上げるようになった。そして、地震が増え始めたのも同時期だ。山頂を確かめてみれば、何かが分かるかもしれない。

 山頂の高さを越えると、今度は火口へと近づいていく。吹き出す煙や熱はフレイアにとっては何も問題ないのだが、視界があまり良くないのは鬱陶しいと感じる。

 火口付近を慎重に飛び回る。

 どくん、と脈打つような音が聞こえた気がして、フレイアは眉をひそめた。


「何……?」


 言いようのない違和感を感じて、フレイアは火口を覗き込む。途端、水蒸気が吹き出し、フレイアの顔面を直撃した。


「きゃっ!?」


 次いで高温の水蒸気を頭からかぶり、金髪が湿気を帯びてしぼんだ。

 フレイアはぷるぷると頭を振る。それでも濡れた髪が気持ち悪くて、思わず全身を火で包む。


「んもう、何なのよ。水は嫌いなのよ!」


 火属性のため火傷こそしないものの、フレイアは顔を真っ赤に染めて苛立つ。

 燃え盛る炎の翼をばたばたと忙しなくばたつかせる。細かく風を切る音が辺りに響いた。

 水蒸気と合わせて吐き出されたのか、濃い硫黄の臭いが充満している。思わず噎せてしまいそうだった。


「うえぇ……なんなのよ」


 フレイアは不機嫌そうに舌を出す。火球に身を包んでいるので、これでもまだ影響は少ないはずである。


「…………」


 警戒しつつしばらく火口をじっと見ていたが、それ以降は大きな異変はなかった。

 火口へと降り立って翼を休める。火球は念のため解かない。

 ごぽごぽと粘性が強い液体が動いているような音が聞こえる。火山の内部で水蒸気が発生しているのだろうか。このぶんだと突然吹き出す間欠泉にも注意した方が良い。


「火山の活動が活発になっているってことだけは、やっぱり間違いないようね」


 フレイアはひとりごちる。火山の動向は、まだしばらくの間警戒しておく必要があるだろう。


「あそこに行くのも今はやめた方がいいかしら。でも、ヒイロは心配ね」


 山頂からはさらに小さく見える『クレナ』の町を見やる。

 この火山島の存在は、人にとっては脅威だろう。しかしあの小さな集落の人々は、そんなことは忘れてしまったかのような危うさがあるとフレイアは感じていた。


「……ふん、くだらない」


 そこまで考えて、フレイアは町から目を逸らす。

 精霊である以上、守るべきはこの火山島だ。仮にちっぽけな人の集落をひとつ失うことになったところで、一体何の問題があろうか。


 ふと、流れる雲の影が頭上に差した。

 フレイアは顔を上げる。大きな赤茶色の瞳に、鮮やかな青空がいっぱいに映し出された。


「……綺麗ね」


 ため息とともに、無意識のうちに言葉がこぼれる。

 真っ白な雲が流れて行くのを目で追いかける。最近はとても良い天気が続いており、今日も気温が高い。

 顎を持ち上げると、視界いっぱいに青色が広がる。境目は見当たらない。

 ゆっくりと手をのばす。雲を掴めるはずがないことくらい分かっていても、それがひどく口惜しい。

 指の間から見えた太陽に、フレイアは目を細めた。


「この上に広がっているものは何かしら。海を映している鏡なのかしら。アタシには、確かめに行くことはできないけれど」


 言うと、フレイアはのばしていた手を握る。そのまま自身の翼にそっと触れた。


「精霊さんは(はね)があっていいね」


 ふと思い出す。

 それはあの町で最も海が綺麗に見えるお気に入りの場所で、ヒイロに言われた言葉だった。

 フレイアはその手を握りしめる。火でかたどられた不安定な翼は、指の間をすり抜けた。


 ヒイロとは一年前に初めて出会った。数多く見てきた町の子供たちのうちの一人だ。

 子供らしからぬ表情(かお)をする子供だと思った。笑わないのだ。

 目に映るもの全てに怯えていたような、赤い髪をした人間の子供。それがヒイロだった。

 彼女はいつも一人だった。子供たちが毎日やってくる学校という場所でも、ほとんどの時間を一人きりで過ごす。そして、学校が終わると校舎裏の道を通り、あの岬へとやってきた。

 そんな彼女を、気が付けばフレイアも待っているようになった。話相手になるくらいなら、フレイアにとっても良い暇つぶしだ。


 ヒイロは町の人間たちの誰とも接点がなかったわけではない。物心つく前に、この町に住んでいた祖父に引き取られたのだという。そういえば、彼女の祖父も時々あの岬にやってきていた。あの岬は何故か、人があまり寄り付かない。だからこそ、よい景色をゆっくり見るには最適の場所だったのだが。


 そして半年が経ったある日、ヒイロは泣きながら現れた。祖父が亡くなったのだという。


「ひとりぼっちになってしまった」と。


 その瞳と境界が分からなくなりそうなほど真っ赤な目を擦り、懸命に笑みを作ろうとする彼女にかける言葉が出てこなかった。

 その時のことだ。ヒイロは出会ってから初めて、フレイアの翼を羨んだ。

 そして、彼女はこう続けた。


「私も飛べるなら、お空の向こうを見てみたい」と。




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