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スピリスト-精霊とよく似た異能力者たち-  作者: みぃな
6.火山の精霊、フレイア
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6-15 指先に火が踊る


「くっ……う……」


 力の差は明らかだ。

 歯を食いしばりながら唸ると、ナオは全身から魔力をかき集める。

 とにかく逃げる隙を作らなくてはならない。ようやく立ち上がると、ナオはその場を離れるべく足を叱咤する。


「子供の火遊びね」


 フレイアの冷たい声が、いやにはっきりと響く。

 ナオが息を呑んだそのとき、彼女の炎が突如として手を離れた。


「えっ!?」


 自身の魔力でできた炎が言うことを聞かないのだ。目を見開いて炎を追うと、それはフレイアの元へと集束する。

 火が、フレイアに奪われたのだ。それは残された魔力を奪われたと同義で、ナオは今度こそその場に跪いた。

 何の盾も持たない、丸裸の獲物を捉えると、フレイアはにたりと目を細めた。


「それじゃあね、バイバイ」


 ナオのそれを上乗せして、フレイアはいっそう大きな炎を放った。


「きゃああ!」


 視界を埋め尽くした赤色に、ナオは甲高い声をあげると目を瞑る。

 せめてもの防御にうずくまろうとした彼女の身体が、ふと浮かび上がって回転した。


「――ナオッ!」


 聞き覚えのある低い声が真上から降ってくる。同時にさした影に、ナオは目を開いた。


「ケイ!?」


 ナオの叫び声と同時に、ケイと二人で地面を転がった。

 彼らの真横を一直線に駆け抜けていく炎の熱波が頬を叩く。どうやらケイに抱えられた直後、二人で倒れ込んで炎を避けたらしい。


「ナオ、大丈夫か!?」


 茫然とするナオの腕を掴んで起こすと、ケイは言葉を失う。目に映ったナオは満身創痍で、どう見ても大丈夫ではない。


「くそ、先に行くから……」

「で、でも! そうしないとフレイアを見失っちゃいそうだったもん」


 苦々しげに言うケイに、ナオは眉を下げた。だが、追って襲ってきた火傷の痛みにそれ以上何も反論できない。ようやく追いついてきたケイがいなければ、今頃は間違いなく重傷を負っていたのだ。

 礼を口にするナオをよそに、ケイはその場でゆっくりと羽ばたいて漂っているフレイアを睨みつける。

 ケイが現れたことに驚いていたフレイアは舌打ちすると苛立ちを露わにした。


「次から次へとちょこまかと……っ! いい加減になさいな、このガキどもがっ」


 フレイアは手を振り上げる。彼女の霊力はまだ底を知らないらしく、灼熱の炎を生み出す。


「てめぇ……」


 炎の熱から身を守るように、ケイも冷気を纏うと体勢を整える。

 ケイの頬を、一筋の汗が伝う。

 優先すべきは、ナオとともに戦闘を離脱すること。

 警戒しながら隙を伺うケイに、フレイアはやや落ち着きを取り戻したのか腕を下げた。


「ヒイロをどこへやったの? アンタたちは何のためにここへ来たのよ」

「え……?」


 フレイアの声音が変わった。それにケイは眉をひそめる。

 炎を消そうとはしないフレイアから目を離さずにいると、背後にいたナオがゆっくりと立ち上がって口を開く。


「どうしてヒイロちゃんのことを聞くの? キミとヒイロちゃん、どういう関係なの?」

「アンタたちに関係ないでしょっ」


 フレイアは目を吊り上げた。憎々しげに二人を睨みつけると彼らを指差す。その指先にまた、小さな火が躍った。


「あの子がこの町でどんな扱いを受けてるか知ってるの? アンタたちが現れたせいでそれが加速したようなものよ!」

「それは……っ」


 ナオは言葉を詰まらせる。フレイアの言うことは半分は言いがかりだが、半分は否定できない。

 スピリストや精霊は、その存在だけでもより『色違い』に目を向けさせる。よりにもよってヒイロがフレイア、そしてスピリスト(ナオとハルト)と一緒にいたところを町の人間たちに見られてしまったことを、フレイアは言っているのだろう。

 揺れる激情とは逆に、フレイアの纏う炎が消える。小さな彼女の身体の背後に、青い海に浮かぶ火山島が見えた。


「あの子は肉親を亡くしてここで一人で泣いていたのよ。なのに町の人間には、それがあの子のせいで死んだとか訳が分からないこと言われていたわ。それでもこの町で生きていたのに」


 フレイアは小さな拳を握りしめた。


「アタシは生まれてから二百年以上、この町をずっと見てきた。あの子の一生だってここで見届けるわっ」


 よく通るフレイアの声が響きわたる。ケイとナオは黙ったまま顔を見合わせた。

 精霊である彼女は悠久の時を生きる。人間の少女の一生など、瞬きにも満たない時間なのだろう。

 だが、精霊がここまで一人の人間に関心を示すことはとても珍しい。精霊は己の生まれた場所を守るために存在する。そこに人間がいようがいまいが気にしないのが普通だ。

 ヒイロが『色違い』だからだろうか。

 元々人と親交のある精霊なのでそれだけではないのだろうが、おそらく無関係ではないだろう。

『色違い』はただ、見た目が人と違うだけではないのだから。


「――フレイア、それはできない。ヒイロは初等学校(アカデミー)を出たらすぐに町を出て行く。政府に招集されるんだ」

「どういうこと?」


 ゆっくりと口を開いたケイに、フレイアは片眉を跳ね上げる。

 鉛を吐き出すかのようなケイの声。その一歩後ろで悲しげに目を伏せたナオを交互に見やる。二人の表情から、良い答えが返ってこないことなど明らかだ。

 心の中に渦巻く不安を振り払うようにかぶりを振ると、フレイアは早口に言った。


「黙ってたってわからないわ、ヒイロに何をしようっていうのっ」

「それは……」


 苛立つフレイアを見据えながら、ケイは再び口を開く。しかしそれより早く、またしても大きな地震が辺りを襲った。


「うわっ! またか……」


 だんだん地震にも慣れてきたケイとナオは、驚きつつも揺れが収まるのを待つ。

 そんな二人に背を向けると、フレイアは翼を広げる。高度を上げると、彼女は揺れ動く海と、火山島の輪郭をじっと見つめた。

 得体の知れない何かが、彼女の精霊としての本能へ警鐘を鳴らしている。

 はっきりと言葉にできないそれに、フレイアは舌打ちした。


「……アタシの島。火山が、やっぱりおかしい。一体何だって言うのよ……!」

「おい、フレイア!」

「フレイア!? 待って!」


 フレイアは振り返ることなく、火山島へ向かって一直線に飛んで行く。彼女の小さな身体は、あっという間に空の眩しさに紛れて見えなくなった。


「行っちゃった……」

「ああ」


 ナオはフレイアに向けた掌を握る。無意識に肩の力が抜けると、途端にまた火傷の痛みが走って顔を顰めた。

 スピリストの魔力による治癒能力で、火傷は少しずつ癒えてきている。己の肩を片手で掴むと、ナオは唇を引き結んだ。

 揺れが収まる。

 フレイアが向かった火山島を見ていたケイは、ようやくナオを振り返った。


「ナオ、とにかく一度初等学校(アカデミー)に戻るぞ」

「え、でも……」

「そろそろ授業が終わるころだろう。ハルトと合流が先だ」

「わ、わかった」


 有無を言わせないケイに、ナオも素直に頷いた。

 踵を返し、横を通り抜けたケイの背中に続いて行く。

 後ろ髪を引かれるように、ナオは再び火山島を振り返る。


「フレイア……」


 炎が燻るかのような胸騒ぎがするのを無理やりにでも押し込めて、ナオもその場を後にした。




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