6-13 あいつのせいだ
「いやなんで、って言われると……そうだな……」
「そうだ、あいつだヒイロだ、大方あいつに頼まれたんだろう! あの色違いに!」
どこからか男の早口があがる。その一言に、周囲の空気が明らかに張り詰めた。
「そ、そうか……きっとそうだ。あいつならきっと……」
一瞬の沈黙ののち、誰かがまた声をあげる。
それは張り詰めた糸を弾く一声。集団は声の主の男に目を向けると、各々賛同しようと口を開く。
しかしそれより早く、フレイアが黒目ばかりの目を大きく見開いた。
「アンタたちねぇ……いつもいつも、適当なことばっかり言うんじゃないわよっ」
小刻みに羽ばたいていた翼を大きく開く。
一瞬にして巨大な炎を纏うと、フレイアは飛び上がった。
「ひっ……や、やめてくれフレイア!」
人々が恐怖にひきつった声をあげる。フレイアの怒りに満ちた表情に合わせ、今にも降り注ぎそうな炎がさらに燃え盛る。
フレイアは小さな手を勢いよく上へ掲げた。
「うるっさいわね! そんなに火がお望みならアンタたちのその性根、いっぺん燃やして叩き直してやるわっ」
「やめて!」
今にも放たれそうな炎と人々の間に、ナオが高い声とともに滑り込んだ。
人々を背に両手を広げるナオに、フレイアは振り下ろそうとした手を止めて舌打ちした。
「また出たわね、スピリストの小娘……!」
「さっきの爆発のこと、キミは何も知らないの? あの火の玉のことも、キミの霊力は……」
「だーかーら、知らないって言ってるでしょ! 言いがかりをつけるのも大概になさいなっ」
火を放つことこそ止めたものの、まだまだ怒り心頭のフレイアに、ナオは歯噛みする。これ以上の話はできなさそうだし、フレイアが嘘を言っているようには思えないからだ。
「ナオ!」
遅れてケイもナオの前に立つ。彼の背中を見ると、ナオは今度は背後の人々を振り返って眉をつり上げた。
「あなたたちもやめて! ひどいよ、あんな小さな子によく皆でそんなことが言えるよねっ」
「だれが小さい精霊ですって!?」
「いやお前のことじゃねぇしっ」
『小さい』という単語を聞きつけてすかさず怒声を飛ばすフレイアに、一連のやりとりを知らないケイは律儀に突っ込みを入れた。
ナオに糾弾されつつも、声をあげる隙がない人々はその場で竦むだけだった。それをじっと見下ろすと、フレイアは炎を纏ったままその場で漂う。
「……フン。あの黄色い坊やだけでなく、まだ仲間がいたのね」
ケイを見ると、フレイアは小さな声で吐き捨てるように言った。
風に揺れてさらに燃え上がる、霊力でできた炎。それを少しずつ抑えながら、フレイアはわずかに俯いた。
少し落ち着いたのだろうか。そんな彼女の様子を見て、ナオは再び口を開こうとした。
「っ!?」
ふと、フレイアが一度大きく痙攣するように肩を踊らせると、勢いよく顔を上げた。目を見開き、明らかに四肢を強張らせた彼女に、ナオは喉まで出かかった言葉を呑み込む。
ケイがそんな二人の様子を訝しむよりも早く、地面を突き上げるような衝撃が辺りを襲った。
「きゃあ!」
ナオが短い悲鳴をあげる。
地震だ。
立っていられないほどの揺れに、ナオはまたバランスを崩した。
「ナオ!」
ケイは彼女の腕を掴むと、二人でどうにか転倒しないように堪える。
飛んでいるフレイアでさえ、突然のことに驚き口を開けていた。
大きな揺れに、彼らの近くにあった木が大きな音をあげて軋んだ。木はそのまま幹から折れ、揺れに転倒したり狼狽える人々の真上に倒れてきた。
「ちっ」
フレイアは舌打ちすると炎を放つ。強力な炎が一瞬にして木を焼き尽くして灰に変えた。
「フレイア……」
しばらくすると、揺れが収まっていく。
少々荒っぽいが、迷わず人々を助けたフレイアをじっと見上げると、ナオは小さな声で彼女の名を呼ぶ。フレイアはナオを見ようとはしない。
「おかしい、最近いくらなんでも地震が多すぎないか?」
「恐ろしい」
人々は銘々に体勢を整え胸を撫で下ろすと、不安に満ちた声がそこかしこから上がる。
「そ、そうだフレイア。助けてくれたんだな、ありがとう」
ふと、誰かの遠慮がちな声がフレイアに投げかけられる。人々はその場で羽ばたいているフレイアに視線を集めた。
だが、フレイアは彼らに応えようとしない。ただ表情を強張らせて、じっと一点を見つめていた。
「フレイア?」
「火山が、いつもより活発になってる……?」
フレイアはそっとそう零した。
フレイアの視線の先には、彼女の生まれた場所であろう火山島があった。
ナオが見た時と同じように、先端から細い煙が上がっていた。
「なぜ? こんなこと今までなかったのに」
言うと、フレイアは自分の手を見やる。小さな指先に纏わりつくかのようにして、ちらちらと炎が踊った。
それはまるで、霊力が意に反して指先から溢れ出るようで、フレイアは振り払うように拳を握ると手を降ろした。
「……ヒイロ?」
譫言のように呟くと、フレイアは翼を広げ、突如としてその場を飛び去った。
「フレイア!?」
あっという間に遠ざかるフレイアの姿を、ナオの甲高い声が追いかける。
立ち尽くす人々を置いて、ナオとケイは駆け出した。




